結愛ちゃん虐待死、懲役13年となった理由

求刑18年、裁判員も「量刑傾向動かしたかった」

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竹田昌弘

共同通信編集委員(憲法・司法・事件)

竹田昌弘

共同通信編集委員(憲法・司法・事件)

 1961年富山県生まれ。毎日新聞から共同通信の記者に転じ、宇都宮支局、社会部、大阪社会部などに在籍。社会部次長、司法キャップなどを経て現職。共同通信社の「事件報道のガイドライン」や事業継続計画(BCP)作成の事務局も担当した。

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船戸雄大被告(送検された2018年3月4日撮影)

 東京都目黒区の船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5)=虐待死事件で、保護責任者遺棄致死などの罪に問われた父親の雄大被告(34)の裁判員裁判で、懲役13年を言い渡した15日の東京地裁判決は、従来の量刑より重い懲役18年の求刑を大きく下回り、判例の枠内に収まった。類似事件との「公平性保持」を求めた最高裁判決を踏まえ、裁判官が「公平」を強調したとみられる。裁判員は判決後の記者会見で「感情としては量刑傾向を動かすという判断をしたくなった」「葛藤が最後まであった」などと語り、量刑に裁判員が関わる意味を改めて考えさせる事件となった。(共同通信編集委員=竹田昌弘) 

求刑上回る判決相次ぐ 

 虐待死事件の裁判員裁判では、静岡県函南町の自宅で土屋侑紗(ありさ)ちゃん=当時(1)=を抱き上げ、床などにたたきつけて死亡させたとして、傷害致死の罪に問われた母親に対し、静岡地裁沼津支部は11年3月の判決で「自分で身を守れない子どもに虐待を重ねた上の悪質な犯行で、求刑は軽い」として、求刑を1年上回る懲役7年を言い渡した。12年3月の大阪地裁判決では、大阪府寝屋川市の岸本瑠奈(るな)ちゃん=当時(1)=虐待死事件で、傷害致死の罪に問われた両親に対し、ともに求刑の1・5倍に当たる懲役15年を宣告し「被害者の精神的苦痛は筆舌に尽くし難く、無限の可能性が奪われた。虐待は社会問題であり、今まで以上に厳しい刑を科すべきだ」と断罪した。 

 求刑を上回る判決は裁判官だけの裁判ではごくまれだが、裁判員裁判では、虐待死事件や性犯罪などで相次いだ。最高裁によると、求刑より重い判決は、裁判員制度開始2年目の10年5人、11年10人、12年19人と増え続けた。瑠奈ちゃん事件は大阪高裁の控訴審で、求刑の1・5倍の量刑が支持され、裁判員裁判の厳罰化を象徴するケースとなった。 

最高裁「裁判員裁判といえども公平性保持」 

 そもそも最高裁は09年5月の制度開始に当たり、全国の裁判官に「量刑の基本的な考え方について」と題する文書を配布し、量刑は「犯罪行為にふさわしい刑事責任を明らかにするもの(行為責任主義)」と確認。裁判員には、①犯罪行為の態様、動機・計画性、結果などに着目するよう伝える②類似事件の量刑を参考にして「責任の枠」(重い部類か、軽い部類かなど)をイメージしてもらう③その上で、被害者側の事情(被害感情、落ち度など)や被告側の事情(年齢、前科、反省など)も考慮し、最終的な刑を決める―という量刑の手順を提示していたが、求刑を上回る判決では、責任の枠を決めた後に考慮する③の被害感情を重視したり、過去の量刑に疑問を投げ掛けたりしていた。 

最高裁が裁判員制度のスタートに当たり、全国の裁判官に配布した「量刑の基本的な考え方について」と題する文書

 そこで最高裁司法研修所は12年10月に発行した研究報告書「裁判員裁判における量刑評議の在り方について」で、行為責任主義による量刑の徹底を求め、過去の量刑傾向は参考にとどまらず、目安として尊重するよう位置付けた。さらに最高裁は14年7月、瑠奈ちゃん事件の上告審判決で「裁判員裁判といえども、他の裁判の結果との公平性が保持された適正なものでなければならない」という判断の枠組みを示し、どうしても過去の傾向から踏み出した量刑を行う場合には「(量刑傾向を)前提とすべきではない事情の存在について、具体的、説得的に示すべきだ」と条件を付けた。父親は求刑通り懲役10年とされ、母親は懲役8年となった。 

15年求刑超えゼロ、「落としどころへ誘導」 

 求刑を上回る判決は13年14人、14年2人、瑠奈ちゃん事件の最高裁判決翌年の15年はゼロとなり、16~18年も1~4人にとどまっている。一方で裁判官が裁判員を説得しているのか、11年に9時間24分だった平均評議時間が14年に11時間、15年には12時間をそれぞれ超え、18年は12時間58分に上っている。17年と18年の裁判員アンケートでは「落としどころのようなものに誘導されている」「裁判長の考えを述べる時間が多く、説明も長い」「裁判官のシナリオに沿って判決内容が決まった」などと指摘された。 

 虐待死の裁判員裁判でも求刑を上回る判決は見当たらなくなる半面、裁判員の意見も想定してか、検察側の求刑が重くなっていく。東京都足立区の自宅で皆川玲空斗(りくと)ちゃん=当時(3)=をウサギ飼育用のケージに閉じ込め、口にタオルをくわえさせて窒息死させたとして、監禁致死などの罪に問われた父親に対し、検察側は瑠奈ちゃん事件の両親のときより重い懲役12年を求刑した(東京地裁の判決は懲役9年)。埼玉県狭山市の藤本羽月(はづき)ちゃん=当時(3)=が虐待死した事件で、保護責任者遺棄致死や暴行などの罪で起訴した母親への求刑はさらに重い懲役13年。さいたま地裁は17年6月の判決で「極めて悪質」として、求刑通りの刑を言い渡した。 

殺人並みの懲役18年「根拠見いだせず」

  この羽月ちゃん事件は、▽被害者が低栄養状態で、冷水をかけられ、放置された▽免疫力低下による敗血症で亡くなった▽母親は医療措置が必要と認識していたが、虐待の発覚を恐れた-などの点で、結愛ちゃん事件とよく似ている。 

船戸結愛ちゃんが虐待死した自宅のあるアパート=2018年6月7日、東京都目黒区

 結愛ちゃん事件の論告などによると、亡くなったときの体重は5歳の平均を8キロも下回る12キロしかなく、体には170以上の傷があった。皮膚は浅黒く変色し、少なくとも2~3カ月にわたってストレスを受け続けたため、胸腺が5歳児平均の5分の1まで萎縮していた。結愛ちゃんは両親に宛てて「きょうよりか もっともっと あしたわ できるようにするから もうおねがいゆるしてください」などと許しを請う手紙を書いていたことも明らかになり、検察側は「結果は極めて重大であり、被害者の苦痛、無念は十分考慮されるべきだ。悪質さは比類ない」として、殺人罪並みの懲役18年を求刑した。 

 しかし、丸2日間の評議では、裁判官が行為責任主義の量刑や瑠奈ちゃん事件の最高裁判決で示された公平性保持を説明し、羽月ちゃん事件などの量刑を目安とするよう求めたとみられる。雄大被告を羽月ちゃんの母親と同じ懲役13年とした東京地裁判決では、結愛ちゃん事件を「(類似事件の量刑傾向の中で)最も重い部類」と位置付け、検察側の求刑は「その非道さにおいて社会の耳目を集めた事案であることを踏まえても、最も重い部類を超えた量刑をすべきといえるだけの根拠は見いだせず、これに同調することはできない」と指摘した。 

1年前に亡くなった船戸結愛ちゃんを悼み、アパートを訪れた人たち=2019年3月2日、東京都目黒区

裁判員は有罪かどうかの判断だけに

  判決後、記者会見した裁判員たちは、結愛ちゃんの変わり果てた姿のイラストを見たときのことを「衝撃的だった」「同じ親として許せない」「親としてなぜここまでしてしまったのか、全く理解できなかった」と振り返った。また量刑傾向を動かしたい衝動や葛藤のほか「自分も親なので、公正公平な目で証拠を見ていくのが難しかった」「量刑傾向と懲役18年には開きがあったが、高いのを求めるのが一般市民」「懲役13年以上をぎりぎりまで考えていた。だが判例、量刑傾向を見て、13年を飛び越える要素が見つからなかった」などと述べた。 

 筆者は裁判官が時間をかけて、最高裁が示した公平性保持と量刑傾向の尊重を裁判員に説明し、説得しているため、評議時間が長くなり、裁判員の従事期間が長期化していると考えてきた。裁判員候補者の8割近くが辞退したり、選任手続きを欠席したりしているのは、この長期に及ぶ従事期間が大きな原因となっている。結愛ちゃん事件のように、裁判員の意見に関わらず、量刑を判例の枠内に収めるのであれば、裁判員は被告が有罪かどうかだけを判断し、有罪のときの量刑は裁判官が担当すればいいのではないか。