台風の現場で労働者を殺した「金正恩命令」の矛盾点

北朝鮮当局が進めている元山(ウォンサン)―咸興(ハムン)高速道路の建設現場で多くの人命被害が発生していと、韓国のリバティ・コリア・ポスト(LKP)が伝えた。建設現場には刑犯罪者が送られる「労働鍛練隊」の受刑者が大量に動員されており、今年7~9月の3カ月だけで31人が犠牲になったという。

LKPに情報提供した北朝鮮国内の消息筋は「この数字は高速道路建設に動員された労働鍛練隊だけのもので、軍や道の都市建設事業所から動員された人々の犠牲者数も加えると、はるかに多い」と語っている。


死因としては、事故と栄養失調が多いという。

LKPの消息筋は、「犠牲者のうち7人は、台風18号(レンレン)が襲来した最中で作業に動員され事故死した」と伝えている。だが、「レンレン」の名称が与えられたのは、9月上旬に北朝鮮を襲った台風13号だ。一方、台風18号 の名称は「ミートク」で、今月2日の午後9時過ぎ、韓国南西部に上陸し、南部内陸を縦断して翌朝6時に日本海に向けた。

時期的な面などから見て、LKPの消息筋が言及したのは台風13号の方だろう。

それにしても、仮にLKPの報道が正しいとすれば、北朝鮮当局による受刑者に対する人権侵害の酷さに改めて驚かざるを得ない。

北朝鮮の朝鮮労働党中央軍事委員会は台風13号の上陸を目前に控えた9月6日午前、非常拡大会議を緊急招集し、国家的な非常災害防止対策を討議。この場で金正恩氏党委員長は、「自然災害によって招かれる破局的な結果を最小限に食い止めて人民の生命・財産と安全を徹底的に守り、国の天然資源と革命の獲得物を守るための緊急対策が必要である」と述べている。

北朝鮮において最高指導者の指示は、どんな法律にも優先して守られるべきものとされている。ということは、彼が「人民の生命」を守れと命じた以上、そのための対策は徹底されねばならず、台風の中で労働者を建設現場に投入するなど考えらえないことだ。

ただ、金正恩氏は「革命の獲得物(成果)」も守るよう指示している。つまり北朝鮮当局は、高速道路の建設計画がダメージを受けないよう、危険を知りつつ敢えて「罪人」たちを台風で荒れ狂う建設現場に投入したのではなかろうか。核実験場での作業に政治犯収容所の受刑者たちが動員されているとの情報を踏まえると、このように考えざるを得ない。

金正恩氏は時々、人命尊重を心がけているかのような行動を取る。台風に備えて対策会議を開き、その事実を公開するやり方も祖父や父の代では見られなかったものだ。

しかし北朝鮮の体制は、人民の命を犠牲にしてでも、いわゆる「革命」を守るべきとする体質が根深い。金正恩氏が本当に人命を尊重しているなら、人命が「最優先」であることを明らかにし、「革命の獲得物」をそこに従属させるよう命じるべきなのだ。それが無い限り、金正恩氏の言う人命尊重には、深刻な矛盾がつきまとうのである。

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