憲法改正論議、進まなければ衆院解散か  安倍首相「公正、円満に」、野党は疑心

By 内田恭司

衆院予算委で答弁のため挙手する安倍首相=10月11日午後

 「最大与党の自民党総裁として、憲法改正論議を推進する責任を果たさなければならない」。臨時国会が開会し、安倍晋三首相は10月11日の衆院予算委員会で改めて改憲実現への決意を示した。だが、果たして改憲論議は進むのだろうか。首相は「公正で円満な運営」を訴えるが、野党内に「安倍一強」的手法への懸念は消えない。業を煮やした首相が衆院解散に踏み切るとの観測も流れる。憲法を巡り疑心暗鬼が渦巻く。(共同通信=内田恭司)

▽大島衆院議長が「逸脱」

 「越権であり、信じ難い発言だ」。立憲民主党の枝野幸男代表は7日の衆院本会議での代表質問で、大島理森衆院議長を名指しで批判した。大島氏が5日、地元・青森での会合で、国民投票法改正案について、今国会での合意を野党に促し、議長裁定もにおわせたからだ。野党各党は一斉に反発、本会議の開会が大幅に遅れる事態にもなった。

衆院本会議で代表質問をする立憲民主党の枝野代表。後は大島衆院議長=10月7日

 大島氏の「禁じ手」発言には“前科”がある。6月下旬に同じく地元での会合で、通常国会を振り返り「(同改正案は)残念ながら合意に至らなかった」と、野党の対応を暗に批判。後日のBS番組収録でも「(2019年は)参院選がある年なのに、野党に戦略が足りなかった」と苦言を呈しているのだ。

 この発言後、立民の辻元清美国対委員長(当時)は議長公邸に押し掛けて「著しく公平性を欠く」と抗議し、大島氏は「申し訳なかった」と陳謝した。それにも関わらず、大島氏が今回、中立性を逸脱したとも受け取れる発言を繰り返したのは、なぜなのか。

 大島氏は衆院議長として、折に触れて自民党の国会対応や首相の政権運営にくぎを刺すなど、野党に配慮した国会運営に努めてきた。一方で、大島氏が2015年4月に就任してから4年余り、国会での改憲論議は進まず、これまで2020年中の改憲実現に言及してきた安倍首相は不満を募らせているとされる。

 実際、参院選後の7月下旬、首相の最側近である自民党の萩生田光一氏がインターネット番組で、改憲論議の停滞が続くなら衆院議長を交代させる必要があるとの認識を示し、首相周辺に大島氏の「更迭」論があることをにじませた。

 「官邸のプレッシャーがきつく、大島氏の立場も厳しくなっているのだろう」。立民関係者は、大島氏による先の発言の背景に、残り任期2年を切り、宿願の改憲実現に突き進もうとする安倍首相の圧力の強まりがあると読む。

▽与野党協調型の布陣に

 安倍首相が描く改憲へのスケジュールは、この臨時国会で国民投票法改正案を通した上で、次期通常国会で自民党の改憲案を憲法審査会に示して議論を深め、早ければ会期末に、遅くとも来年秋の臨時国会で改憲発議をするというものだ。

 このため、首相は憲法論議に関わる布陣を一新。衆参両院の憲法審査会長にそれぞれ佐藤勉氏と林芳正氏を充て、自民党憲法改正推進本部長には細田博之氏を再登板させた。

 3人に共通するのは「協調型で手堅い」(自民党中堅)という点だ。佐藤氏は元国対委員長として野党に豊富な人脈があり、文科相、農相などを歴任した林氏は実務能力の高さに定評がある。首相の出身派閥の細田派を率いる細田氏は人柄温厚なベテランだ。

 首相は3人を前面に立てることで「公平で円満な運営」(佐藤氏)をアピールし、野党をテーブルに着かせようとしているのは間違いない。

 だが、それでも野党が改憲論議に前向きな姿勢を示さなかった場合、首相はどう出てくるのだろうか。憲法問題に長年携わってきた共産党関係者は「公正で円満な運営姿勢は維持しつつ、いつでも発議できる態勢だけは整えようとするのではないか」と指摘する。

 国民投票法改正案の成立を大前提として、参院で改憲勢力による3分の2の議席を回復させた上で、公明党との与党内調整に着手。野党が抵抗姿勢を変えなければ、与党と日本維新の会など一部野党だけで、憲法審査会の議論に入る準備を進める。その先には改憲を掲げての衆院解散・総選挙が待っている―。

自民党役員決定で記念撮影する安倍首相ら。右から2人目は二階幹事長

▽「12月の選挙に勝った」

 今示したのは、あくまでも想定の一つにすぎないが、ここで大島氏の発言を聞き返してみると、野党に対する重要なメッセージが込められているようにもみえる。

 「憲法は国の基本法で、ものすごく大事だ。議長として今、本当に心からこの臨時国会で与野党ともに合意を見つけてほしいと思う。与野党からご相談があれば、色んなことをお話しする機会があるかもしれない」。発言の核心部分だ。

 大島氏は国対畑が長く、共産党を含めて野党に知己が多い。衆院統一会派の国対委員長になった安住淳氏もその一人で、記者時代には当時官房副長官だった大島氏の番記者を務めている。そうした大島氏があえて「炎上」発言をすることで、野党に安倍首相の「本気度」を伝え、今後の対応と態勢づくりを真剣に考えるよう促したとも取れる。

 自民党は憲法審査会について、10月22日の即位礼後のスタートを目指している。とはいえ、国民投票法改正案は大島氏の発言もあって慎重審議になるのは必至で、議論が進まなければ大島氏の責任を問う声が出てきかねない。

 衆院選によらない議長交代は異例で、予測する声はほとんどない。だが、参院選前から続く一連の騒動のさなかに、大島氏と話した野党関係者によると「地位に恋々としている様子はなかった」という。

 大島氏の発言は野党への警句なのか。首相は最近、与党内の会合で「12月の選挙に勝ったことがある」などと語り、早期解散を意識させた。野党へのけん制との見方が大勢だが、立民の枝野幸男代表は、年内解散はありうるとして党内を引き締める。

 ただ自民党も一枚岩ではない。幹事長続投の際に「党を挙げて憲法改正へ努力する」と誓った二階俊博氏の面従腹背を指摘する声は根強く、首相と距離を置く石破茂元幹事長は10日発売の月刊誌「文芸春秋」で安倍改憲を批判した。公明党は改憲論議になお慎重だ。

 野党は共闘を強化し、衆院選の統一候補擁立を急ぐ。改憲論議はどのように進むのか、「改憲解散」はあるのか、結果はこの1年で見えてくる。

© 一般社団法人共同通信社