戦闘機整備とチョコ作り、意外な接点 元自衛官が営む北海道の専門店

「Wolves tracks」でチョコレートの製造販売を手掛ける土村尚貴さん

 軽快な洋楽が流れる店内に、エゾシカの角やオオカミをモチーフにした尻尾付きのかわいらしい椅子が並ぶ。2019年7月、北海道上富良野町にチョコレート専門店がオープンした。「Wolves tracks」(オオカミの痕跡)というちょっと変わった名前。製造から販売まで、もともと自衛隊で戦闘機の整備士だった土村尚貴(つちむら・なおたか)さん(49)がすべて1人で手掛ける。自衛官だった土村さんがなぜチョコ作りの道に進んだのか。取材するうちに、戦闘機整備との意外な接点、そして故郷に対する思いが見えてきた。

 飛行機に関わる仕事に興味があった土村さんは旭川大高卒業後、航空自衛隊に入隊。これまで静岡や青森、沖縄などで戦闘機の整備士として働いた。さまざまな土地を訪れ、地域の食や習慣の違いに触れるうちに「いろいろな土地の良いところを取って、今までにない新しいものを生み出したい」と思うようになった。

 2016年8月、思い切って29年間勤めた航空自衛隊を退職した。最初は、那覇市で友人らとともにカフェやアパレルなどが入った複合店舗開設に取り組んだ。が、それぞれの考え方の違いなどでうまく形にならなかった。そのとき海外へ出ることも一瞬頭をよぎった。だが、よく考えてみたら、土村さん自身、北海道で過ごしたのは18歳まで。「自分も地元のことをまだ知らないのではないか。新しいことを始めて北海道の魅力を発信したい」。帰郷を決意した。

 地元で、自分一人でできることはないか―。そんなことを考えていた時、ふと一つのアイデアがひらめく。「一度温めてから成形する点で金属加工とチョコ作りは似ている。自分なら整備士の経験を生かして良いものが作れるかもしれない」。翌17年8月には旭川市に帰郷。故郷近くの田園に囲まれた上富良野町の一角にログハウスを新築し、オープンにこぎ着けた。

 チョコ作りはインターネットやテレビ番組などで学んだ。断片的な情報を集めて頭の中で1枚の設計図にする。

 カカオ豆を焙煎して粉砕し、液体状にしたものを練って不要な成分を揮発させる。砂糖を加えて冷やし熟成させ、その後温度を上げて成形する。成形時の温度管理が見た目や口溶け、硬さを決める大きな要因だ。

 もちろん、失敗は多かった。カカオ豆と砂糖は、相性が悪いと一度溶けた砂糖が再結晶する。「一瞬で石ころみたいにゴロゴロした塊ができる。商品にならず、小さいチョコ600個分に当たる3㌔をだめにした」と土村さん。

 さらに、温度管理が適切でないと糖分や油分で表面が白くなってしまうものが出てくる。「金属の熱処理は固体だったが、チョコは液体。温度の伝わり方にムラがある」。土村さんによると、乳化剤などの添加物を使えば改善される可能性はあるそうだ。だが、店にはアレルギーのお客さんも多い。「うちのチョコは砂糖とカカオだけで作っているのでアレルギーの人も食べられる。多少見た目が悪くても、何度も失敗しながら成功を作り出す道を選びたい」

チョコレート作りに取り組む土村尚貴さん

 9月上旬に2週間ほど店を閉めて温度管理をみっちり研究した。「以前よりも失敗率がかなり下がり、生産性が上がった」。自衛隊時代は400~600度に温度を上げて戦闘機を整備していた。じゃあチョコはどのぐらいで管理しているのか。たずねると、そこは「企業秘密」と土村さんは笑う。

 店では、大きさやカカオ豆の産地などにより10種類のチョコを用意。カカオはベトナムなど計3カ国から取り寄せ、宮古島産の黒糖やインドネシア産のココナツシュガーを加えて作る。甘さは控えめで、カカオ本来のほんのりとした苦みが魅力だ。

 カカオは収穫時期によって味が異なる。例えば乾季のカカオは苦みで香りがやや抑えられているが、雨季のものは酸味が強く、華やかな香りがする。チョコも製造後の経過時間によってチーズのように味が変わるという。土村さんは「自分好みのチョコを見つけてほしい」と話す。

 今後は焼き菓子やホットチョコレートも提供していく考えだ。普段製造していないアフリカやコスタリカ産のカカオを使ったチョコを月限定で販売することも考えている。「ここにしかない新しいものを作ることで地域の活性化にもつなげられる。チョコが上富良野の新しい文化になれば」。夢はまだまだ広がる。

▽取材を終えて

 「プロを目指しているわけじゃない、素人の頂点を目指している」。土村さんのそんな言葉が印象に残っている。徹底した素人意識がプロに近い技をなす秘訣なのかもしれない。店には旭川市の自宅から軽トラックで1時間20分かけて通う。泊まりがけでチョコ作りに勤しむ日も少なくないそうだ。自衛官からの異例の転身でありながら、唯一無二のチョコを作り出そうと日々もがく姿には、どこか心動かされる。「上富良野といえばWolves tracks―」。そんな言葉が聞こえてくる日が、楽しみで仕方ない。(共同通信=小島拓也)

© 一般社団法人共同通信社