怒髪天が愛され慕われる理由はデビュー作『怒髪天』にある

『怒髪天』('91)/怒髪天

10月16日、35周年記念盤『怒髪天』が発売。10月19日には全国ツアー『怒髪天、もっと!もっと!愛されたくて35年。2019~2020年日本の旅 “モノリス=ヅメリス?”』がスタート。そして、10月20日には『ドハツの日(10・20)特別公演 “秋の大感謝祭 ~もっと!もっと!愛されたくて35年~”』を開催と、結成35周年で盛り上がる怒髪天のデビューアルバムをご紹介!

多くの関係者に慕われ続けて35年

怒髪天の増子直純(Vo)が“兄ィ”という愛称で多くのアーティスト、ミュージシャンに慕われていることをご存知の方も多いだろうが、ご存知ないという方でも10月16日にリリースされる35周年記念盤『怒髪天』、そのCDに収録された「オトナノススメ~35th 愛されSP~」に参加したゲストの顔ぶれと人数を見たら、彼がどれだけ慕われているのかを絶対に分かってもらえると思う。公式サイトからその面々の名前をコピペしてここで紹介したいくらいなのだが、その人数があまりにも多すぎて相当にスペースを割くので、本当はそうしたかったがいつも以上に原稿を水増ししたと思われそうなのでそれは止めておく。ぜひ公式サイトでご参照いただきたい。サイトによれば“ドラマー 6名、ベーシスト6名、ギタリスト13名、ヴォーカリスト&コーラスを合わせて総勢220名が参加!!”だそうである。

同サイトの“オトナノススメ~35th 愛されSP~ ご参加の皆様 (五十音順/敬称略)”に参加者が列挙されているのだが、最後までその名前を確認するには、ブラウザの設定次第によっては、大袈裟じゃなく、何度もスクロールをしないといけないほどである。しかも、正直言って聞いたことがない方の名前もあるが(そういう方もチラホラ見受けるが、その中にはイベンターやライブハウス、ラジオ局のスタッフの方も少なくないようだ)、有名アーティストも多数で、何と梶芽衣子、山本譲二などの超大御所もそこに名を連ねている。はっきり言って、今回ゲスト参加する人たちを集めてフェス形式にすることもできただろうし、そうすればもしかすると数万人級の動員ができたかもしれない。そう思わせてしまうほどのメンバーだ(まぁ、単純にフェス化してしまうのはするのは怒髪天らしくないのかもしれないけど…)。怒髪天がいかに多くのアーティスト、ミュージシャンに愛されてきた存在であるのかを示すには十分な音源であろう。

改めて言うのも憚られるけれども、怒髪天には誰もが知るヒット曲があるわけではない。関ジャニ∞やももいろクローバーZへ提供した楽曲を聴いたことがある人は多いかもしれないが、ことさらそれが怒髪天の手掛けたものだと認識して聴いている人も少ないように思う。過去シングル曲にタイアップが付くこともあったが、世間一般にあまねく怒髪天の名を広めるまでには至らなかった。[桃屋の『辛そうで辛くない少し辛いラー油』のTV CMに抜擢されるも、あまりに商品が売れ過ぎて店頭に並ばなくなってしまったため、CMの放送からおよそ12日間でオンエア自粛となってしまった]なんていうエピソードもある([]はWikipediaからの引用)。

そもそも1991年にメジャーデビューした怒髪天は、1996年に一時活動を休止している。1999年にインディーズで再始動するのだが、何と[この3年間で、増子はリングアナ、穴空き包丁の実演販売、雑貨屋などを経験し、現在の怒髪天の歌詞世界観につながる経験]をしたという([]は怒髪天オフィシャルウェブサイトから引用)。2004年に再びメジャーシーンで復活するも、これまで、巷を巻き込んだ派手な動きをしてきたわけでも、きらびやかな実績を遺してきたわけではない。それどころか、その経歴だけみると、シーンから完全にフェードアウトしていても決して不思議ではないようにも思われる。

そんな、まったく順風満帆ではなかったと言えるバンドが結成から35年、現在のメンバーとなって30年余りも存続してメジャーシーンで活躍し、前述したように多くのアーティスト、ミュージシャン、関係者から慕われ、記念日を祝福されている。そんな怒髪天に思いを馳せると、日本のロックシーンも捨てたものじゃないと感じるばかりか、何だかんだと揶揄される現代日本ではあるものの、そこに希望を見出せるような気もしてくる。

演奏の巧さと歌詞の世界観に注目

さて、今回はその怒髪天の、1991年に発表されたメジャーデビュー盤の紹介なのだが、本作を聴いてみると、そのバンド歴には紆余曲折あったとは言え、“そりゃあ、こんな作品を作れるバンドがそう簡単にフェードアウトするわけはないよな”というのが率直な感想である。まず、何と言っても強調しておかなければならないのは、演奏が上手いということだ。当時メンバー全員20代前半だったことを考えると、驚異的…とまでは言わないまでも、かなりのテクニシャンであることが分かる。8ビート、2ビート、シャッフル、そしてスロー~ミディアムの緩やかなタイプと、バンドのボトムを支える坂詰克彦(Dr)のドラミング。ブルースの影響が色濃いものの、エッジの立ったきびきびとしたカッティングも心地よい上原子友康(Gu)のギター。そして、そのドラムとギターを繋ぐポジションとして、時にメロディアスに時にリズミカルに、縦横無尽に奏でられる清水泰次(Ba)のベース。7曲と曲数は多くないが聴きどころは満載だ。

ギターソロはどの曲も素晴らしいし、M1「待男-WAITING MAN-」で聴くことができるギターとベースとのユニゾン、さらにはM5「遠くの君から」での軽快なリズムがベースとギターに伝播していくような様子もとてもいいが、最大の聴きどころはバンドアンサンブルの妙味だ。それが最も分かるのはM7「色あせぬ花」であろう。ブルージーなスローナンバー。一発録りだという。つまり、オーバーダビングをしていないということだ。本作の発売は1991年だから、プロの世界でもまだプロトゥールスは使われていなかったであろうから(“Pro Tools I”のリリースが1991年)、基本的には録り放しであろう。そこまで複雑な曲ではないので一発録りも可能だったのだろう…と見る向きもあろうが、テンポ感を考えると、下手なバンドならリズムがダレる恐れも大いにあるので、いたずらにやれるものではない。M7「色あせぬ花」のようなナンバーを一発録りで、しかもアルバムのフィナーレを飾る場所に置いた辺りに、デビュー時の怒髪天の自負をひしひしと感じられるところではある。録音したスタジオの環境が余ほどに良かったのか、ドラムの鳴りも絶妙であって、いいテイクであることも付記しておきたい。今も増子の“兄ィ”としてのキャラクターであったり、35周年を迎えたバンドのヒストリーであったりを中心に語られることもある怒髪天であるが、そもそも演奏の巧みなバンドであることをここで改めて強調しておく。

メロディーを含めて楽曲の全体的な雰囲気は、The Rolling StonesやRCサクセション、憂歌団からの影響が色濃く、さすがに30年近く前の作品であることを認識させられるし、2010年以降に怒髪天を知った人で近作を中心に聴いているリスナーには若干違和感があるかもしれないが、最も隔世の感を抱くのは歌詞ではなかろうか。筆者は彼らの音源を完全に把握しているわけではなく、シングルやアルバムのリード曲をザっと耳にしてきただけなのだが、それでも怒髪天、増子直純の描く歌詞の世界というと、前向きで力強いものといったイメージがある(まぁ、半可通であるからして、その程度のイメージなのかもしれないけど…)。だが、『怒髪天』収録曲の歌詞は以下のようなものである。

《自転車こぎだし またいつもの道を/行けば 行くほど 頭と足が重くなる/まっすぐいこうか まがってしまおうかな/考えるうち 公園についてた》《FREEDOM OR MONEY/THINKING NOW》(M2「1回休み」)。
《夢を追えばはかなく 愛を追えば とどかず/ただここで座り込むだけのオレがいるのサ/SO BAD!/誰もかれも日々に 優しさを語るけど/美しく飾られた刺が 心切り裂いていくのサ/SO BAD!》(M3「It's So Bad」)。
《酔っぱらったオヤジは にごった赤い目で/ほおづえついて 今夜もグチをこぼす/しょせん人生なんてこんなものサと/あきらめ顔でうつむいてねむり込む》《どんなにあせっても いずれは土の中/そんなら気ままに 流れる雲のように》(M4「流れる雲のように」)。
《歩けども また歩けども たどりつけない遠い旅/真夜中に ふと目が覚める これでいいの これでいいの/いくたびも とう たどりつけない遠い旅》《いくつになっても わかっていても フラフラと風に吹かれてる/また 今夜もひとり 泣きながら眠るだけだよ》《あしたになれば また陽はのぼり みたくもないガレキの山で/ありもしない端 さがしつづけ つかれはてるよ》(M7「色あせぬ花」)。

絶望…とまでは言えないものの、決して前向きとは言えない歌詞が多い。《誰にも見せないホントの笑顔で/凍えた心を暖めたいのサ》と歌うM1「待男-WAITING MAN-」であったり、《踏まれても 潰れても 起き上がる 這い上がる/雨だれ だって石に穴あける》と力強いM6「大物-DEKABUTSU-」もあるにはあって、この辺は現在の怒髪天に通じるものがあるが、アルバムの中での占める割合はこの程度だ。だが、これも増子直純というヴォーカリストの本質というか、怒髪天というバンドのスタンスを示すには格好の材料だと思われる。増子が過去こんなふうに語っているインタビューを見つけた。シングル「オトナノススメ」(2009年)をリリースした時のものだ。彼の作風の変化を踏まえると、なかなか味わい深い発言である。

「今、思っていることを曲にする──それが一番ですから。(中略)自分が経験してきたことを踏まえて、やっぱり大人のほうがいいなと。大人になってからのほうが人生って長いんですよ。悲しいかな、青春はすぐに終わるけど、そこから先のほうが長いんです。(中略)大人になるってことは、俺が思ってたことと全然違ってた。昔はさ、それこそシド・ヴィシャスみたいに、“俺は22歳で死ぬからさ”って、当時の彼女に言ったりしてて──そんなの何の根拠もないのに…」。

ミュージシャンに限らず、作品と呼ばれるものを創作する人たちにとって、その行為は自らの人生や哲学を投影するものではあろう。上記の発言からは、増子の歌詞もまたそうであることが分かる。また、素直に自らを投影しているからこそ、『怒髪天』の時と現在とでは作風も変化していることも理解できる。加えて、前述した1996~1999年の活動休止期間に増子が音楽から離れて生活していたことにも思いを馳せると、作風の変化にさらなる奥行きを感じるところではある。即ち、怒髪天とは、そういうバンドなのである。アルバム『怒髪天』はそんな“怒髪天”という大河ドラマの序章である。極めて重要な作品であることは間違いない。

TEXT:帆苅智之

アルバム『怒髪天』

1991年発表作品

<収録曲>
1.待男-WAITING MAN-
2.1回休み
3.It's So Bad
4.流れる雲のように
5.遠くの君から
6.大物-DEKABUTSU-
7.色あせぬ花

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