ダルビッシュがSNSで大絶賛 話題の高校生左腕 スターがうらやむ成長の裏にいくつもの涙

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 「興南の宮城投手いいわぁ」。今年の7月28日、意外な人物から賛辞の声が上がった。200万人を超える全世界のフォロワーに向けてツイッターで発信したのは、米大リーグカブスのダルビッシュ有。日本を代表する大投手が、地方の高校生を「投げ方、球筋、総合的に好きすぎる」とつぶやいたことが話題を呼び、約5000回もリツイートされた。

興南高校の宮城大弥投手

 「俺あんなピッチャーになりたかったわぁ」と絶賛されたのは、興南高校3年の宮城大弥(みやぎ・ひろや)。今夏、沖縄大会決勝で沖縄尚学に敗れ、甲子園出場を逃す。そんな自分を、現役メジャーリーガーが褒めてくれるなんて、想像もしていなかった。

 「朝3時まで眠れなかった」ほどうれしく、返信は手が震えてできなかった。その後、夢を追い求めてプロ志望届けを提出した。

1年生で鮮烈デビュー

 興南高校が2年ぶりに夏の甲子園出場を決めた2017年の沖縄大会決勝。歓喜の瞬間、マウンドに立っていた宮城大弥(みやぎ・ひろや)は、一瞬、何が起きているのか分からなかった。

 15歳。興南に入学してから、わずか3カ月余り。1年生ながら優勝投手となった左腕は、優勝校のナインがマウンドに集まって喜び合う、“お決まり”の光景を知らなかった。

2017年7月、甲子園出場を決め、マウンドに駆け寄り喜ぶ興南ナイン(下地広也撮影)

 大衆の下馬評を覆す、一方的な試合展開だった。インステップから繰り出す速球は、当時自己最速となる142㌔を記録。大きく落ちるスライダーに外角いっぱいの速球で打者に次々と空を切らせ、被安打7で13奪三振。

 1年生の好投に打線も応え、18安打で15得点と打ちまくって、沖縄大会決勝最多得点を更新した。

2017年7月、美来工打線を7安打1失点に抑えて完投した興南の先発・宮城大弥(金城健太撮影)

 38年ぶりの甲子園出場を目指していた決勝戦の相手、美来工科高校は、新人、秋と県大会を制覇。際立ったのは打撃力で、どこからでも得点できる打線は県内随一。まさかそのチームが、1年生にたった1点に抑えられるとは。「宮城大弥」の名を広く知らしめた一戦は、大器の片鱗を予感させた。

興南の宮城大弥

日本代表に選出

 嘉数中3年の時、当時所属していた宜野湾ポニーズから侍ジャパン15歳以下の日本代表に選出され、日本の準優勝に貢献した。

U-15侍ジャパンに選出された宜野湾ポニーズ時代の宮城大弥

 興南では1、2年生で夏の甲子園のマウンドを経験。3年連続の出場はかなわなかったものの、18歳以下の日本代表に選ばれ、奥川恭伸(石川・星稜)、佐々木朗希(岩手・大船渡)ら、この世代を代表する選手とともに世界と戦った。

帽子に書いた2文字

 きらびやかな経歴とは裏腹に、高校生らしい繊細な一面も併せ持つ。

 高校2年の夏、自身に課したテーマは「強気」だった。選抜大会出場を逃した1年秋の九州大会。3月に対外試合が解禁されてからも打たれる日々が続いた。「投げてもどうせ打たれる。投げたくなくて、言い訳ばかりしていた」

2018年4月、未来沖縄-興南 6回裏興南1死三塁、宮城大弥がスクイズで外角のボールに飛びつくが失敗

 「強気」とは、一つ上の先輩、大山盛一郎に「宮城に足りないもの」と、試合用の帽子のつばに書いてもらった言葉だ。ピンチで顔がこわばったり、ファウルで粘られたりした時は、帽子に書かれた文字を見つめ、自分を取り戻した。

 糸満高校との決勝戦は、圧巻だった。最後まで内角を突いた攻めの配球で2安打完封し、我喜屋優監督は「ごまかしながら投げていたのに、堂々と完投した。1年間で相当成長した」とたたえた。

2018年7月、興南-糸満 最後の打者から三振を奪い、ガッツポーズで優勝を喜ぶ興南の宮城大弥

 五回まで1人の走者も出さず、全ての回を3人で締める完璧な投球内容。興南が2年連続の甲子園切符をつかんだマウンドに最後まで立ち続けたのは、また宮城だった。

流した悔し涙

 敗戦の悔しさも強さへの原動力にしてきた。アルプススタンドへの試合後のあいさつで、甲子園から宿舎へ戻るバスで、延長タイブレークの末に敗れた熊本の球場で―。宮城は何度も涙を流してきた。

2018年10月、興南-筑陽学園 サヨナラ負けに肩を落とす興南の宮城大弥(右)、遠矢大雅のバッテリー=リブワーク藤崎台球場(田嶋正雄撮影)

 幾多の試合の中で「今までで一番悔しかった」一戦は、選抜大会出場が掛かった2年秋の九州大会準々決勝の筑陽学園戦。スコアボードにゼロが並び、回を重ねるごとに体力は削られていった。

 疲れを表に出さないように意識しても肩で息をするほどで「正直言って、きつかった」。気力でマウンドに立ち続けた。

サヨナラ負けに肩を落とす宮城大弥

 0ー0でタイブレークに入った延長十三回裏、無死満塁で投じた155球目の変化球。打ち取ったはずの当たりが一塁手の悪送球につながり、無念のサヨナラ負け。

 うなだれて涙を流し「難しいかもしれないけど、もしあそこで相手のバットにさえ当てさせていなければ。仲間と一緒に甲子園へ行くチャンスを一つ終わらせてしまった」
 
 それでも「悔しさがあったからこそ成長できる」と強く思う。敗戦をバネに一冬を越えた成果は、すぐに表れた。

 胸囲が広くなってたくましさを増し、春の県大会決勝では秋に敗れた沖縄水産を相手に6回を投げて15奪三振、被安打3で無失点。

 さらに決勝を見据え、準決勝でスタンドから観戦する沖水に見せないよう2球しか投げなかったチェンジアップを、決勝では多投し、狙い球を絞らせなかった。

 春の九州大会では自己最速となる149キロをマーク。準々決勝では、筑陽学園を相手に4回を無安打8三振に抑えて6―1で雪辱を果した。

2019年4月 高校野球県春季大会の決勝戦で4回裏からマウンドに立ち、沖水打線から15三振を奪った興南の宮城大弥=北谷球場

 決勝で西日本短大付に敗れて準優勝となったものの、大会を通じて計26回を投げ、41奪三振。涙をのんだ秋季大会から約半年を経て、大きく成長した姿を見せた。

チームを変える存在に

 入学直後、練習用の帽子のつばに書いた言葉がある。
 
 「チームを変える」

2017年7月 投手の(左から)藤木琉悠、上原麗男、川満大翔、宮城大弥。チーム防御率は1割を下回る=興南高グラウンド

 2017年4月2日、県春季大会の3位決定戦。美来工科を相手に6点をリードしながら、1イニングで11失点しコールド負けした。

 「自分が投げていたら、どうなっただろう」。入学前だった宮城は、スタンドから見つめ、決意の文字をしたためた。

 では、チームを変えることはできたのだろうか。

ダルビッシュが絶賛した投球術

 3年連続の甲子園には届かなかった。夏の沖縄大会は全6試合に登板し、46回を投げて61奪三振するも、自責点10。「いいボールを投げたつもりが、カットされたり、迷ったりして甘いコースを打たれた」。

 相手校が対策をしてきたこともあるが「それを越えないと勝てない」と厳しく「最後は悔しい思いが強かった」と振り返る。

2019年7月21日、決勝が終わり、宮城大弥は甲子園への思いを沖縄尚学の水谷留佳主将へと託した

 それでも、宮城が入学してから、興南は夏、秋、春の県大会で決勝に進めなかったことは1度もない。選抜大会出場こそ逃したが、九州大会には3度、夏の甲子園には2度出場。

 もしこの夏の沖縄大会決勝で勝っていれば、1人の投手が3年連続で沖縄大会の優勝投手となっていた。実現していれば、県高校野球連盟が発足してから初めてのことだった。

夏の高校野球沖縄大会の決勝 三振でピンチを切り抜け、ガッツポーズ

 興南と沖縄尚学が対戦した今夏の沖縄大会の決勝は、沖縄の高校球史に残る一戦となった。それも、宮城の粘り強い投球があったからこそだった。

 試合時間は3時間49分。延長十三回に突入し、最後は2死満塁からの押し出し四球が決勝点となったが、229球を1人で投げ抜いた姿は、観る者の心を揺さぶった。

延長13回、229球を投げ力投した興南のエース宮城大弥

 打でも貢献した。2点を勝ち越された延長十二回は1死一塁から中前打でつなぎ、女房役の遠矢大雅が「宮城は気力で投げている。ここで助ける」。

 左中間を破る2点適時二塁打でふらふらになりながらホームを駆け抜けて同点。

2019年7月21日、同点に追いついた延長12回。ネクストバッターズサークルから見つめる宮城大弥=沖縄セルラースタジアム那覇

 驚異の粘りを見せたナインを、そして宮城を我喜屋優監督はこうたたえた。「宮城は気力を尽くして投げ、交代は考えなかった。多くの人に最高の試合を見せてくれた」

 もう、この言葉だけで十分だ。人前でも隠さず流した悔し涙の数だけ強くなった。本当にすごい投手となり、最後の戦いでの渾身の力投で魅了した。だから、監督やチーム、沖縄のファンはもちろん、太平洋の向こうのスーパースターまでが絶賛した。

 グラウンドから聞こえてきた音に引かれ、4歳で始めた野球。幼い頃から描いてきたプロの舞台に挑戦する時がきた。10月17日、記憶にも、記録にも名を残した左腕が、運命の日を迎える。(我喜屋あかね)

3時間49分の激闘を終えた興南と沖縄尚学のナイン。自然と表情は笑顔になった=2019年7月21日、沖縄セルラースタジアム那覇