ワーストレース

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 とてつもなく強い選手だったことをあらためて知る。国内外のマラソンで15戦中、優勝は実に10回。瀬古利彦さんが勝てなかったのはわずかだが、そのうち2回は五輪の大舞台だった▲佐世保市出身のスポーツジャーナリスト、松瀬学さんはかつて、瀬古さんに現役時代の「ワースト(最悪の)レース」を尋ねた。少し顔をゆがめて答えたという。「モスクワ」▲東西冷戦の頃の1980年モスクワ五輪を指す。ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議した米国に同調し、日本は五輪をボイコットした。瀬古さんはマラソンの代表だったが出ていない。なのに「ワーストレース」と言う▲当時は「次がある」と思えたが、次の五輪も、その次も振るわなかった。「モスクワですべて狂っちゃった」。瀬古さんが小さく笑った、と松瀬さんの著書「五輪ボイコット」(新潮社)にある▲モスクワ五輪の「幻の代表」が12月、一堂に集う計画を立てている、と先ごろの紙面にあった。来年の東京五輪では聖火リレーへの参加などが検討されている。瀬古さんはどうだろう▲「幻の代表」の百数十人は競技人としての人生も、その後の人生も、ボイコットで形を変えたに違いない。政治と五輪と人生と、複雑に絡んだ人たちの「集い」は、東京五輪を待ちわびる日本人に何を語り掛けるだろう。(徹)