漫画、写真展示、音楽ライブ…神話の島の漫画アート展『カミテン』 歴史や自然と溶け合う 壱岐市限定販売「COZIKI」のイベント 第一線アーティストが来島

 第一線のアーティストが参加し、壱岐市限定で販売されている漫画カルチャー誌「COZIKI」にちなんだイベント、「神話の島の漫画アート展『カミテン』」(実行委主催)が11~14日、同市内で初めて開かれた。首都圏などを襲った台風19号が、来島予定の作家や参加者らの足に影響。予定変更・中止が相次いだものの、漫画や写真の展示、音楽ライブなどは繰り広げられた。後半2日間、島の歴史や自然と、洗練されたアートが溶け合ったイベントを取材した。

かがり火の中で繰り広げられた「YAKUSHIMA TREASURE」の奉納演奏と河村さんのライブコラージュ=14日夜、壱岐市芦辺町の男嶽神社

 13日朝、壱岐は強風が吹き荒れていた。車で通り掛かった海水浴場では海面が真っ白に波立ち、自然の猛威を感じさせた。会場の一つ「みなとやゲストハウス」(芦辺町)に着き、「カミテン」のスタッフに話を聞くと、船便が欠航して来島できなくなった参加者も多いという。期間中、トークやサイン会を予定していた漫画家らも一部は断念。それでも、来島したアーティストやスタッフが開催可能なイベントを展開していた。

古民家風の宿の廊下で「COZIKI」掲載作品の原画を展示=みなとやゲストハウス

◆「古事記」題材
 「カミテン」は企画会社キリンジ(東京)とライスプレス出版(同)などが市などと連携し、同誌の発行や関連イベントに取り組んでいる「COZIKIプロジェクト」の一環。同誌は昨年9月創刊し、今年9月に第3号を発行。著名な漫画家や俳優、写真家らと島を訪れ、壱岐も登場する日本最古の歴史書「古事記」の神話や、島の風物を題材に作品を創作してもらい、掲載してきた。
 市内の飲食店や宿泊施設、神社など11カ所が会場。「みなとやゲストハウス」では漫画の原画展示や、島内で撮影された俳優の森山未來さんの映像を上映。別の会場では女優の夏帆さんや小松菜奈さんを壱岐で撮った作品展示も。いずれも同誌の表紙を飾っている。森山さんや小松さんを撮影した写真家の嶌村吉祥丸さんは、同日のトークで「壱岐は東京とまったく別の時間軸。俳優さんを撮影中、異世界に行っていたような感覚があった」と振り返った。
 近くの古い空き家では、イラストレーターのマッチロさんが同誌に連載している漫画「オロチさんと。」の登場キャラを大型パネルにして、居間や台所などに配置。家具や神棚などがあり生活感が残る空き家に、漫画から抜け出したキャラクターが突然現れたよう。作品世界に入り込んだ気分になった。
 近くの「CHILITORI自由食堂」では壱岐出身の漫画家、栗元健太郎さん(41)のトークが始まった。聞き手は同誌の稲田浩編集長(50)と、故手塚治虫さんの長女で手塚プロダクション取締役の手塚るみ子さん。手塚さんは同誌の企画編集に協力している。

生活感の残る空き家の各所に大型パネルを配した展示

◆外からの魅力
 栗元さんは小学2年で父の郷里の壱岐に移住。高校卒業後上京し、漫画家のアシスタントに。2000年デビューし、現在はフジテレビの番組配信サイト「FOD」内での連載漫画などを手掛けている。「COZIKI」第2号から、壱岐での実話を基にした漫画「壱岐んモン」を連載中。「島から出た者から見える魅力を描いた。COZIKIのおかげで壱岐が漫画の島になれば」と話した。
 終了後、同食堂で「カミテン」の期間限定メニュー2品を味わった。いずれも壱岐の食材を使った、すしとスパイスカレー。すしは同誌に作品を寄せた漫画家、寺沢大介さんの代表作「将太の寿司」にちなみ、東京のすし職人、岡田大介さん(40)が握った。カレー専門の出張料理人として活動する水野仁輔さん(45)は同誌の企画で壱岐を訪れた縁で、今回も参加。「壱岐のシイラは脂の乗りが良く、カレーに入れてもパサつかずおいしい。食材を知る、いい経験が積めた」と話した。

壱岐出身の漫画家、栗元さん(左から2人目)を囲んでのトーク=CHILITORI自由食堂

◆「知る契機に」
 14日は天候が回復し、会場に島外の人も目立った。東京の法人職員、米澤麻由子さん(38)は福岡で足止めされ、前夜にようやく到着。好きな漫画家の来島は中止になったが「古事記や考古学にも興味があり、どうしても来たかった」とうれしそう。妻と犬2匹と一緒に長崎市から14日朝訪れた山下雄亮さん(38)は、「『COZIKI』が面白かったし、古事記や壱岐について知るきっかけになった」と、興味を持った理由を話した。
 期間中は島内の高校生が会場案内のボランティアを務めた。県立壱岐高美術部の古川侑磨(ゆま)さん(2年)は「展示を見て、神社のことなど壱岐の良さに気付いた」と笑顔。
 夜には芦辺町の山深くにある男嶽(おんだけ)神社で、最後を飾るイベントがあった。音楽ユニット「水曜日のカンパネラ」の女性ボーカル、コムアイさんらによるプロジェクト「YAKUSHIMA TREASURE」の奉納演奏。その中で、同誌のアートディレクターで「コラージュ」作家、河村康輔さんが即興制作を行った。

女優の夏帆さんを壱岐で撮影した作品を並べた写真展

◆幻想的な演奏
 周囲をかがり火が囲んだ拝殿内から、和装に身を包んだコムアイさんの澄んだ歌声が響く。詞はほとんどなく、雅楽のようなゆったりとした伴奏に乗せ、うねるように声を発する「原初」を思わせる歌。河村さんは高さ約1メートルの石碑のようなオブジェに、たくさんの猿の絵などを貼り付けた。
 厳かで幻想的な1時間ほどのパフォーマンスを、約100人が拝殿の周囲から固唾(かたず)をのんで見守った。後半、笛で演奏にも参加した同神社宮司の吉野理(ただし)さん(36)は「若い人が神社に関心を持つきっかけになれば」と語った。
 なぜ壱岐で、こんなイベントが実現したのか。稲田編集長は「“賭け”でもあるが、あえて時流に乗らないことで面白いことができるんじゃないか」と話した。同誌はネットでも売らず壱岐でしか入手できない。質の高い創作を希少な形で発信し、感度の高いファンに訴求する狙いがあるようだ。「『COZIKI』を3号まで作って手応えを感じている。何よりも島に魅力があるからできること。作家さんも楽しんでくれる」
 キリンジの鈴木智彦プロデューサー(43)は「安全に笑顔で終われて良かった。次につながる」と、2回目の開催に意欲をにじませた。

© 株式会社長崎新聞社