「サッカーコラム」日本代表が取り戻した「3次元」の攻撃

日本―タジキスタン 後半、ヘディングで先制ゴールを決める南野(9)=ドゥシャンベ(共同)

 日本サッカーがまだ弱かった時代を過ごしてきた者に染みついたトラウマだろうか。公式戦に臨むとき、相手が格下であっても心の片隅に「なにか悪いことが起こるのでは」という漠然とした不安が芽生えてしまう。しかし、試合が終わってみれば、番狂わせなどそう簡単に起こるものではないということに改めて気づく。

 2022年のワールドカップ(W杯)カタール大会の出場を懸けたアジア2次予選。日本代表は10月10日のカタール戦と15日のタジキスタン戦をそれぞれ6―0、3―0と危なげなく勝ち、勝ち点6を獲得するという「ノルマ」を果たした。

 選手の質や組織力、チームとしての経験値を考えれば、勝利は当たり前の結果だろう。興味深かったのは、今回のチームはザッケローニの下でブラジル大会を目指したチーム、ハリルホジッチが率いたロシア大会予選のチームと比較すると戦い方に変化が出たことだ。

 今、思い返しても首をひねってしまうのだが、過去2大会のチームは自らの戦い方に始めから制限を設けていた。それは「地上戦」への強いこだわり。「自分たちのサッカー」というフレーズがメディアをにぎわせることが多かったが、彼らは「空中戦」を放棄していたといえる。劣勢の状況で194センチの長身を誇るハーフナー・マイクが投入されても、ヘディングできそうな高さのクロスが放たれることはなく、もどかしい思いを抱いた人も多いのではないだろうか。

 今回の2戦を振り返ると、6点を記録したモンゴル戦では5点、3点を挙げたタジキスタン戦でも2点がヘディングから生まれた。過去2大会のアジア予選で見せた戦いぶりがうそのようだ。そして、力のあるチームとそうでないチームの差は、サイドからボールの上がった状況での攻撃と守備に如実に表れる。

 パス中心の「地上戦」一辺倒で攻め込んでくる相手に対しては、多少力が劣るチームでも守備的な対処ができる。ゴール前に人数をかけてコースを消せばいいからだ。そうなると、守る側のGKもシュートに対する予測がしやすい。地面にある場合、ボールは浮き上がってくるかグラウンダーしかない。いわば、「2次元」なのだ。

 空中戦はどうだろう。クロスとヘディングのコースが変わる。しかも、空中なので「3次元」だ。当然、GKを含む守備側の対応は難しくなる。もちろん、シュートを放つ側が正確に頭にヒットする必要はあるが…。

 W杯本大会に出場するチーム同士だと、ともに対応能力が高いので簡単にはヘディングでのゴールが決まらない場合も多い。ただ、レベルがそれほど高くない場合は、相手はヘディングに慣れていない可能性がある。なぜなら、ヘディングシュートというのはヘディングを放つ選手に正確なポジション取りと技術が求められるだけでなく、クロスの質が高くないといけないから。裏を返せば、そのような攻撃のできる選手たちと日常的に相対していなければ、空中戦に対する守備もうまくならないということになる。

 タジキスタン戦を振り返ると、前半に危ない場面もあった。前半23分にスルーパスからパンジャンバに抜け出されて1対1の決定機を作られた。しかし、GK権田修一が左手1本で見事なビッグセーブを見せ事なきを得た。これが決まっていたら、アウェーの大声援による独特な雰囲気もあって、日本は間違いなく戦いづらくなったはずだ。それを考えれば、権田はこの試合の流れを作った立役者の一人だろう。後半に入ると、本来の実力を発揮した日本が圧倒してみせた。

 試合を見ていて、なぜか懐かしさがこみ上げてきた。それは日本にではなく、タジキスタンに対してだ。古い話で恐縮だが、1980年代から90年代の日本は、この日のタジキスタンのような試合をしていた。強い相手に前半から全力で挑み、「もしかして…」と期待を抱かせるのだが、終わってみるとやっぱり敗れている。その結果を引き分けに持ち込むのに十数年、勝ち試合にするまでにはさらに十数年の年月を必要とした。とても長い年月がかかったが、振り返ってみるとかなり順調な成長を遂げている。その歴史を経て、日本国民が安心して見られる現在のチームが出来上がってきた。

 われわれの代表チームは、どこまで進化するのだろう。過去2回のアジア予選には見られなかった美しいサイドアタック。このチームには10月シリーズに先発した中島翔哉、伊東純也、堂安律だけではなく原口元気、久保建英などそれぞれの特徴を持ったサイドアタッカーがそろっている。カットインして自らシュートを狙うことに加え正確なクロスも持っている。

 中でも特記するべきは、この試合で2ゴールを挙げた南野拓実が見せたポジション取りの妙。あのセンスは別格だ。これにヘディングの強い大迫勇也が戻ったら、攻撃の選択肢は大幅に増す。そう思うと、次の試合が待ち遠しくてしょうがない。どんなアイデアを秘めた攻撃を見せてくれるのだろうか。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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