30代男性「転職先で“前職の当たり前”が通じない!伝え方が悪い?」

ビジネスの現場で起きたさまざまな悩み事に対して、リクルートマネジメントソリューションズでコミュニケーションサイエンスチームのリーダーをしている松木知徳さんがお答えするシリーズ。今回は、転職から半年が経過した30代男性のお悩みに回答します。

【相談者のお悩み】

この4月より転職をして、金融企業のマーケティング部門で商品プロモーションの企画を行っています。前職での経験もあるため、いろいろと改善の提案をしているのですが、上司や同僚に受け入れてもらえません。

企画の立て方、分析方法など、前職では当たり前だと思っていたことが通用しないのです。伝え方が悪いのでしょうか。それとも、あまり意見を主張せずにその会社のやり方に合わせるべきでしょうか。(男性30代)


なぜ行き違いが起きるのか

松木:私も以前、金融機関で商品プロモーションに従事していた経験があります。ある時、プロジェクトで富裕層顧客向けの新商品のパンフレットを作ることになりました。ところが、キャッチコピーからデザインまで、なかなか意見がすり合いません。

議論を突き詰めていくと、「富裕層」に対するイメージが異なることがわかりました。高層賃貸マンションに住むベンチャー企業の創業者なのか、代々の土地や資産を引き継いできた方なのか、ターゲットする顧客像がメンバーによって異なっていたのです。

このような行き違い(本文では「コミュニケーションギャップ」と呼びます)は、日常的に発生します。

6月から放映されているNHKドラマ「これは経費で落ちません!」では、主人公の森若沙名子(多部未華子)らが働く経理部に、相手にすぐ噛みつくことから「タイガー」とあだ名される帰国子女・麻吹美華(江口のりこ)が着任し、完璧主義で合理性を重んじるタイガーと、職場の慣習を尊重する周囲との間に軋轢(あつれき)が生じます。ところが、あるきっかけからお互いの理解が進むと、仲間として協力し合える関係になりました。

メンバー同士で異なる“前提”

ここで、コミュニケーションのメカニズムを池田謙一(1988)のモデル(下図)を使ってひも解いてみましょう。

われわれは誰かとコミュニケーションをとる際に、頭の中にあるイメージを言葉にして発信をします。相手はその言葉を耳から受信し解釈することで、相手が伝えたい内容を頭の中にイメージします。

ところが、お互いの持っている知識や経験、期待する結果など、考えている「前提の違い」があると、お互いの頭の中のイメージに食い違いが発生します。これがコミュニケーションギャップの元となるのです。

いかに自分の頭の中にある事柄を的確に表現したとしても、前提が異なると、ある事柄の解釈が異なり、結果として両者の頭の中にある事柄は一致しなくなるのです。

“前職の当たり前”が通じないメカニズム

たとえば、プレゼンテーションやロジカルシンキングなどのコミュニケーションスキルに自信を持っている人が「ちゃんと説明をしているのにどうもかみ合わない」と感じる場面では、前提の違いを見落としている可能性があります。しかしながら、前提の違いを発見することは、お互いの頭の中にある事柄を一致させ、互いの納得を得る大きな糸口となります。

今回の相談者は自身の伝え方(スキル)に課題を感じていますね。もちろん、伝え方に配慮することも大切ですが、転職直後というタイミングを考えると、まずは前提の違いを意識してみてはいかがでしょうか。

前職では当たり前と思っていたやり方も、新しい組織では同様のやり方で大きな失策をしていたり、障害があったりと、何か受け入れられない背景があるかもしれません。新たな提案をする前に、この組織でのやり方やその背景を理解する姿勢を示すことが周囲の信頼につながります。

組織には、これまでの成功・失敗体験や、慣習による暗黙のルールが存在しています。大事なのはルールそのものではなく、ルールが生まれた背景を知ることによって、組織が大切にしている価値観や新しいやり方が有効かどうかを探ることです。

前提の違いは悪いことではない

中途入社者がメンバーに加わることは、凝り固まった組織の前提を見直すきっかけにもなります。周囲に合わせることを意識するあまり、自身の意見や経験を抑えてしまうのではなく、相手を知ったうえで積極的な提案することがお互いにとって価値になるはずです。

さて、今回のご相談は、転職先の上司とのコミュニケーションがテーマでしたが、顧客への提案、他部署との交渉など、日常のさまざまな場面でも活用できる考えです。改めてお伝えしたいのは、今までの経験や立場が異なるのは当然であり、お互いの前提の違いは悪いことではないということです。

むしろ、前提の違いのある者同士がお互いを理解したうえで意見交換できれば、1人では思いつかないような新しいアイデアや改善策を生み出せるといった大きなメリットを享受できるのではないでしょうか。

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