マラソン、札幌で?

 〈…普段は渋滞ばかりの銀座の大通りの向こうから、徐々に歓声が近づいてきたのはそのときで…〉〈選手たちの息遣いと体温と汗と闘志と苦しさが、一瞬にして目のまえを走り抜けていく〉▲吉田修一さんの小説「続 横道世之介」では「東京五輪のマラソン」が重要な舞台装置になっている。真夏の42.195キロ。その日、東京は〈一つになっているような高揚感〉に包まれ、ランナーは〈いろんな人たちの声に背中を押され、腕を引かれて〉ゴールを目指す▲吉田さんが軽やかに描いた「その日」は、物語の中の“幻”になるのだろうか。国際オリンピック委員会(IOC)が五輪の暑さ対策として、陸上のマラソンと競歩を札幌で開催する案を打ち出し、大会組織委の森喜朗会長がこれを受け入れる考えを示した▲高温多湿の中東で開かれた先の世界陸上では両種目とも棄権者が続出した。ただでさえ、持久力の極限を競う過酷なレース。8月の東京に対する不安は無理からぬ話だが▲日本の夏が暑いのは昨日きょうの現象ではない。遮熱性の路面舗装など対策も進められてきた。競技者本位は言うまでもないが、五輪はアスリートだけのものでもない▲開幕まで280日。丁寧な議論を望む時間は少なく、しかし、右から左へ、と即断できる話とも思えず。(智)

© 株式会社長崎新聞社