沖縄戦のつめあとを糸満市に訪ねて(4)

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◆戦争を起こすのは人 平和を築くのも人
網走市立呼人中学校3年
N.T

私は8月7日から10日までの4日間、網走市の中学生4人、神奈川県厚木市の中学生6人、計10人の中学生、3人の引率者の方と共に、友好都市である沖縄県糸満市を訪問しました。

1日目は糸満市長表敬訪問でした。市長さんは気さくな方で、楽しくお話しをさせていただきました。その後の歓迎会では、沖縄ならではのジュースやフルーツを頂きました。エイサー披露もとても感動しました。沖縄に来たな、と感じた1日目でした。

2日目は平和学習の日で、最初に平和祈念公園へ行きました。ここでは、現地の平和ガイドの中学生の皆さんに案内してもらいました。平和祈念公園では沖縄戦で亡くなった24万人余りの全ての方のお名前が平和の礎に刻まれていました。中には女性のお名前もあって、沖縄戦の様子を知ることができました。
平和祈念資料館では、戦争を経験した久保田さんのお話をお聞きしました。久保田さんは「沖縄戦は、ありったけの地獄の戦争だった」、そして「戦争は人が人ではなくなる」とおっしゃいました。

当時の沖縄の子どもたちは、集団疎開や学童疎開をしていて家族ともまともに顔を合わせられなかったり、県民総動員で戦ったので、家族や身内が亡くなることは当たり前で、中には両親共に亡くし、行くあてのない子どももたくさんいたことを知りました。生きたくても生きられない人がいる、というのはまさにこのことだなと思いました。

「本当に苦しい思いをして、地獄を見て、それでも必死に生きた人がいた」
それでも、どれだけ辛くても、生きた人がいるのです。久保田さんのように生きた人がいるのです。
この言葉を聞いて、私は『必死に生きた人がいるから、今の自分がいることを忘れずに生きていこう。生きたくても生きられなかった人の分まで生きよう』と思いました。
「戦争を起こすのは人、平和を築くのも人」
久保田さんから最後にお聞きした言葉です。いつの時代も、人が変えていくものなのだ、と改めて感じました。

次に、轟壕に入りました。壕の中は足場が悪く、場所によっては天井も低い、そんな所でした。みんなで電気を消したときは、真っ暗で、怖くて、震えが止まりませんでした。長時間、壕にいたわけではないのに、このままでは正気を保てないと思いました。

次に、ひめゆりの塔へ行きました。ここにはひめゆり学徒隊の皆さんの生きた証がありました。どんなに辛い状況でも決して看病を止めない、人1人でも多く助けようとする姿勢がかっこいいな、と心から思いました。
戦争は自分が想像していたものよりはるかに恐ろしく、もう二度と起こしてはいけないものだ、と思った1日でした。

3日目は、美ら海水族館に行ったり、サーターアンダギーを作って食べたり、など沖縄を満喫した一日でした。みんなとワイワイ楽しく過ごして、忘れられない一日になりました。
4日目は首里城に行きました。首里城は、和と中の入り混じった表現するのが難しい場所でした。日本にいるのに、日本にいる感覚がしませんでした。

この4日間を通して、たくさんの知識を得ることができました。戦争は昔のことだから自分には関係ないと思っていましたが、戦争があったから今の私たちや平和があることに気付けました。私が学んだことを、もっとたくさんの人に知ってほしいです。この先、戦争を起こさないためにはもっと色々な人に戦争というものを身近に感じてもらうことが大切だと思いました。
そして、このような機会をいただいたすべての方に、ありがとうございますと感謝を伝えたいです。