ラグビーW杯中に来日した〝ラガーマン〟が問いかけたもの 国際ゲイ・ラグビー連盟(IGR)の仲間たちがめざす多様性

By 佐々木田鶴

記念写真に納まる「国際インクルーシブ・チャレンジ」に参加した選手ら=5日、埼玉県三郷市

 日本が史上初のベスト8入りを果たすなど、今まさに熱戦が繰り広げられているラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会。日本代表の快進撃に加え、各国代表が見せる世界トップクラスのプレーに日本全体が沸きに沸いている。

 そんな中、日本に乗り込んだ、一風変わった〝ラガーマン〟がいた。世界106カ国に加盟クラブを持つ「国際ゲイ・ラグビー連盟(IGR)」のベン・オーウェン会長と約200人の仲間たちだ。日本ラグビー協会との間で、日本における性的少数者(LGBT)などへの差別や偏見をなくしていくための取組みを行っていくという歴史的な覚書を交わすことにこぎつけた。具体的には日本ラグビーにおいては、選手だけでなく観客を含めた試合に関わる全ての人が性的指向や性自認によって差別や偏見を受けないことを高らかに宣言するとともに、私たち日本人に「一緒にスクラムを組んで『社会を変える』という戦いに臨んでくれますか」と問いかけた。

▼ラグビーと多様性

 ちょっと見にはプロレスラーを思わせるコワモテの巨漢や仲間に担ぎ上げられてボールを高々とキャッチする天にも届きそうな長身男がいるかと思えば、チーム全体の司令塔を務めるのは小柄な選手。さらには、目をみはるほどの駿足がトライを決め、キッカーは針に糸を通す正確さでゴールを狙う…。他のどんなチームスポーツよりも、ラグビーには多様な特性を持った選手が必要だ。それぞれ異なる長所を持つ者が、理解し信頼しあってまるで「赤ちゃんを運ぶ」かのように、ボールを大切に前へ進めることを忍耐強く繰り返して得点につなげ、チームを勝利に導く。

 そんなラグビーを、「一つの会社のよう」と形容する人がいる。優れた経営者だけでも、経理や技術の専門家だけでも、営業マンだけでも、長きにわたって強さを維持することはできない。もちろん、社会にも当てはまるだろう。一握りのエリートや政治家が暴走していては、うまくいくわけがないのだ。

 ラグビーで培われた正義感や仲間との信頼関係は、その後の人生を通してその人の支えとなり続ける―。そんな調査結果もあるという。出自や嗜好(しこう)のばらばらな人々がそれぞれの持ち味を尊重しあって団結し、小さな前進を積み重ねる以外に、社会や組織などのコミュニティーの強靱(きょうじん)さを持続することはできないことをラグビーが見せてくれるからだ。

東京都内で行われた日本ラグビー協会とIGRによる覚書の調印式(C)IGR

▼自分で決める

 今回のラグビー日本代表31人のうちおよそ半分が外国にルーツを持つ選手ということを捉えて、「3年住んでいれば日本代表になれる緩いルール」と揶揄する人がいる。

 このルールが生まれたのにはもちろん理由がある。ラグビーが生まれたのは、英国を構成するイングランド有数の名門私立高校「ラグビー校」。大英帝国の拡大とともに、上流階級のスポーツであったラグビーも植民地に広められていった。その結果、元々住んでいた国や地域よりも生活している地域やアイデンティティに根差した「地域主義」や「所属協会主義」という考え方が許容されることになった。

 だが、国家や地域などといった境界を超えて人や物などが自由に行き来するようになるグローバル化が進む現代においてこそ、このルールは輝きを増しているのではないか。人々が国境を越えて動くことは、国籍や人種といった従来の概念が後退していくことを意味する。全てが日本という「純ジャパ(純粋ジャパニーズ)」だけが日本人ではない時代になっていることは、テニスの大坂なおみ選手やバスケットの八村塁選手の活躍を見ても明らかだ。

 文字通り、体一つでぶつかり合い、汗まみれで格闘技を繰り返すような危険たっぷりのラグビー。「いつ」、「どこ」で「誰」と命がけのスクラムを組むかは、「今だけ」「僕だけ」「ここでだけ」を見ての損得勘定なんかでやすやすと決められるものではないだろう。ラグビーでは、確かにその国に3年住めば、その国の代表チームでプレーする権利が生じるが、同時に国籍や血筋でつながる国を代表する権利も残っている。自分を何者と認識し、誰と連帯するかは自分で決める―ラグビーは今日的アイデンティティの持ち方の真髄をついているようだ。

▼「人生のスクラム」

 「ラグビーは人種や国籍、性的志向にこだわらない包摂的社会のショーケース。この記念すべき署名の席に、日本のファーストレディが参加してくださることの象徴的意味あいは大きい」。今月4日、東京都内で日本ラグビー協会との間で覚書を調印したIGRのオーウェン会長の言葉は喜びに溢れていた。今回の動きに、LGBTへシンパシーを抱いている支援者として関わってきた筆者も一人密かに祝杯をあげた。人種にも、国籍にも、LGBTに対しても、当事者やその知り合いでなければ積極的に関わろうとしない人が多い今の日本社会において、協定締結を含む一連の動きが変化を引き起こすきっかけとなりうる意義深いものと考えたからだ。

 翌5日に埼玉県三郷市で「国際インクルーシブ・チャレンジ」と名付けられたトーナメントが開催された。世界中から集まったIGR加盟チームの〝ラガーマン〟が、東京や北京からのチームと親善試合を繰り広げ、それぞれのプライドと強みをアピールした。

 その姿を見ていて、こんなことを思った。インターネットやスマホなどの普及で人との「熱い」接触が失われた結果、孤立感や閉塞感が蔓延している今の日本で、ともにスクラムを組んで、つぶされても、つぶされても人生を戦ってくれる仲間をあなたは得ているのだろうか―と。(ブリュッセル在住ジャーナリスト、佐々木田鶴=共同通信特約)

IGRのオーウェン会長(右)と肩を組む仲間たち。まさに「人生最強のスクラム」だ(C)IGR

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