重なり合った〝特別な日〟平尾誠二さん命日に南ア戦

「ミスターラグビー」の勇姿振り返る【写真特集】

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1989年5月、ラグビー国際親善最終戦でスコットランドに勝利、試合後にインタビューを受ける平尾誠二さん=秩父宮ラグビー場

 13日のスコットランド戦に勝利し、史上初めてラグビーワールドカップ(W杯)で8強入りした日本代表。南アフリカとの準々決勝が行われる20日は、日本ラグビー界を代表するスター選手、平尾誠二さんの3回目の命日でもある。何かに導かれるように重なり合った〝特別な日〟。新たな歴史を作る決戦を前に、改めて注目される「ミスターラグビー」の軌跡を写真で振り返る。

 平尾誠二さん 1963年、京都市に生まれる。京都市立伏見工業高(現京都工学院高)3年時に全国高校大会での初優勝に貢献。同志社大では83~85年に大学選手権3連覇、神戸製鋼では89~95年に日本選手権7連覇を果たす。当時最年少の19歳で日本代表に選ばれ、ワールドカップ(W杯)には87年の第1回大会から3大会連続で出場している。34歳の時に日本代表の監督に就任し、99年の第4回大会で指揮。日本大会の準備が進む2016年に胆管細胞がんのため53歳で死去した。

【学生時代】

全国大学選手権の慶大戦前半、ラインアウトからパスをつなぎ右隅にトライする平尾誠二さん=1985年1月、国立競技場
ラグビー留学のため、英国への出発が決まった平尾誠二さん=1985年6月

【社会人時代】

初優勝の表彰を終え、笑顔で引き揚げる平尾主将(手前右端)ら神戸製鋼の選手たち=1989年1月10日、秩父宮ラグビー場
1995年1月15日、ラグビーの日本選手権決勝で、先制トライを決める神戸製鋼の平尾誠二さん。大東大に圧勝し7連覇を達成=国立競技場

【日本代表】

1995年5月、ラグビーW杯壮行試合のルーマニア戦で、相手のタックルをかわし突進する平尾誠二さん=秩父宮ラグビー場

【現役引退後】

1998年1月、現役引退が決まり、笑顔で会見する平尾誠二さん=神戸市東灘区の神戸製鋼クラブハウス
東日本大震災の復興支援試合で新日鉄釜石OBと対戦した神戸製鋼OBの平尾誠二さん(右)=2012年9月、秩父宮ラグビー場

 史上初めて臨む準々決勝が平尾さんの命日と重なったことに、日本代表の面々は並々ならぬ思いを抱く。スクラムを担当する長谷川慎コーチは、平尾さんが代表監督を務めた99年W杯に選手として選ばれた。南ア戦を前に「特別な人の命日に特別な試合がある。恩返しできるように」と話せば、神戸製鋼に所属し平尾さんに目を掛けられていたというFB山中亮平は「僕にとっても大事な試合。しっかりチャレンジしたい」と語っていた。

記者会見するラグビー日本代表の山中。20日の試合では先発メンバーに選出された=16日、東京都内のホテル

 日本と相まみえる南アフリカは世界ランキング5位(日本は7位、18日時点)で、対戦成績は1勝1敗。前回2015年W杯イングランド大会の1次リーグ初戦で初対戦し、日本が34―32で破り「ブライトンの奇跡」とたたえられた。

 その一方で、日本大会直前の9月6日に行われたテストマッチは7―41で大敗している。南アは、今大会1次リーグ初戦のニュージーランド戦を落としたものの、その後は3連勝。出場20チーム最多の20トライを挙げている強豪に日本がいかに立ち向かうのか。注目の試合は20日午後7時15分、東京・味の素スタジアムで行われる。(構成、共同通信=松森好巨)