登山家は本が好き? この秋は想像力を広げる「山の本」9座に登頂しよう! 登山家は読書家。それを裏付けるかのように、書店に行くと、山行記や随筆、評伝など、古今東西あらゆる「山の本」が陳列されています。今回は山道具屋、カルチャー系書店、移動書店の3名から「おすすめの山の本」を紹介してもらいました。また収集歴50年という山の本を知り尽くした方に「本の楽しみ方」もインタビュー。この秋は選りすぐりの「本の山」9座にぜひ登頂してみてください!

登山者ならばぜひ踏破。読書の秋は「本の山」に挑戦!

みなさん、読書していますか?
実は登山というのはあらゆるスポーツのなかでも、「本」に残すことで文化を伝えるということが確立している稀有なジャンルです。山を登りながら、いろいろな思いや考えが頭を流れていく。みなさんも経験があるかと思います。そういった「山での思索」を文字にとどめ、山行記や随筆、自伝などの「本」となり、残されているのです。

今回は書店や山道具屋など「山の本」のセレクトを手がける3名によるおすすめ本と、50年以上にわたって「山の本」を収集してきた研究家に「その魅力と楽しみ方」を語ってもらいました!

<Mt.石井スポーツ>間瀬孝之さんの3選

お題:山のことを考える本

本の街東京神田神保町にある<Mt.石井スポーツ 登山本店>で山の本コーナーを担当しているのが間瀬孝之さん。小学校時代から本の虫で、店頭の選書も担当し「ほぼ90%以上は自分が読んだものを置いている」といいます。

そんな間瀬さんに選んでもらったのは「山のことを考える本(最近発売の本で小説やドキュメンタリーなど文章中心のもの)」。3人のクライマー/登山家の生き様が綴られた3冊です。「山を歩いているといろいろなことを考える。そこから詩や物語が生まれたりもする。山が好きな人に文学を好む人が多いのもそんな理由でしょうね」と間瀬さん。

『ザ・プッシュ』トミー・コールドウェル(白水社)
2015年、著者であるトミー・コールドウェルはアメリカのフリークライマー。ケヴィン・ジョルグソンとともに、ヨセミテのエル・キャピタンでも難易度が高いとされる[ドーン・ウォール]を19日間かけてフリーによる初登をしました。

キルギスで拉致されたり、人差し指を切断してしまったりとそこに至るまでの軌跡がドラマティックに描かれている自叙伝です。

間瀬さん

彼のこだわりはビッグウォールのフリークライミングです。用意周到に岩を調べて登っていきますが、自分が完登できるイメージがあって初めてできることです。そこにあるのは「想像力」。

でも逆に言えばレベルが違うだけで、一般登山道でも同じ。「この先に何があるか、おこるか」を見極めるのも想像力なのです

『アート・オブ・フリーダム』ベルナデッド・マクドナルド(山と溪谷社)
先のコールドウェルとは異なり、この本に登場するヴォイテク・クルティカはポーランドのアルパイン・クライマー。ヒマラヤ登山は苦しみの芸術と言い、ノーマルルートや極地法を否定し、独自の審美的ルートを登る行為を己の発見につながると考えました。そんな彼の人生と登山哲学が綴られた評伝です。海外の山岳文学賞を受賞、各国でも翻訳されています。。

間瀬さん

ただ「登る」だけでなく「どのように登ったか」を意識した人で、ルートも美しくなくてはいけないという思想のクライマーです。

「登山はその特性ゆえに肉体的、精神的に成長するための貴重な手段になりえる」と言っています。自分にとってちょっと難しい、緊張感のある登山をすると、それ以前の自分と以後の自分、きっと変わっているはず

『淳子のてっぺん』唯川 恵/幻冬舎文庫
女性として世界で初めてエベレストおよび七大大陸最高峰に登頂した、日本を代表する登山家のひとり・田部井淳子。自身によって書かれた著作も多いですが、本書は小説家・唯川恵が彼女をモデルに書いた長編小説です。間瀬さんは生前親交があったこともあり、この1冊を選んでくれました。。

間瀬さん

小説なのですが、台詞を読んでいるとそのまま田部井さんの声や姿が浮かんできます。田部井さんの生き方が詰まっている本で、彼女のことを知らない人が読んでも面白いはず。

こういう人が山にいたことを知ってほしいですし、彼女自身が書いた本を読むきっかけになればと思います

住所:東京都千代田区神田神保町1-6-1 タキイ東京ビル2F
電話:03-3295-0622
営業時間:11:00〜20:00

Mt.石井スポーツ 登山本店

<湘南蔦屋書店>羽根志美さんの3選

お題:ずっと好きな山の本

藤沢市<湘南蔦屋書店>のスポーツ・アウトドア書籍のコンシェルジュである羽根志美さん。海も山も川も近い湘南エリアで、自身もそこに暮らす羽根さんが選ぶ本は、アウトドアと街をシームレスにつなぐヒントがいっぱいです
羽根さんは「自分がずっと好きな本」というシンプルなお題で選んでくれました。3冊は自然や山のことが書かれていますが、自分の普段の生活にも気づきをくれるるはず。

『ウルトラライトハイキング』土屋智哉/ヤマケイ文庫
ULH(ウルトラ・ライト・ハイキング)をテーマにしたショップ<ハイカーズ・デポ>のオーナーである土屋智哉が満を辞して書いたULHの解説書。2011年に単行本として刊行されて以来、日本のULハイカーにとっての必読書となっています。

羽根さん

学生時代からの友人の土屋さんが本を出したことがうれしかったのと、「こういうことを彼はずっと伝えたかったのか!」と。

(同郷でお互いよく知っている)秩父の山についてマニアックに触れられているのですが、それがアメリカのULHにつながっているあたりがツボでもあり、土屋さんの哲学を感じました

『旅をする木』星野道夫/文春文庫
青年時代に魅せられたアラスカで自然とともに生き、1996年に不慮の死を遂げた星野道夫。撮った写真や綴った言葉は多くの人に長く愛されています。この本は33編の随筆と写真で構成されています。

羽根さん

自分が生きている世界とは別に、大きな自然が流れている。それを意識している人生としていない人生は全然違う。そういうことを星野さんは伝えていました。また自然を見た感動を人に伝えたいとき、「自分が変わること」がその感動を伝えるいちばんの方法だとも講演で語られていました。

こういった自分と他者、自分と自然という大きなものを、普段の生活に置き換えて読み取れることがすごいなと。それが星野さんが読み継がれる理由かなと思います

『街と山のあいだ』若菜晃子/アノニマ・スタジオ
登山雑誌の編集者を経て、「街と山のあいだ」をコンセプトとした小冊子『mürren(ミューレン)』を発刊してきた若菜晃子。そのコンセプトと同名の随筆集。

羽根さん

若菜さんは登山専門の出版社に入社したことがきっかけで山好きになったという人。だからこそ、山と街の人々の暮らしにフォーカスを当てることができたのかなと思います。

また高山じゃなくても、山ごとに魅力があることを伝えてくれています。初めて山に登った後に読んでほしい本です

住所:神奈川県藤沢市辻堂元町6-20-1
電話:0466-31-1510
営業時間:1号館・2号館は8:00〜22:00、3号館は9:00〜21:00、映像は10:00〜22:00

湘南 蔦屋書店

<杣Books>細井 岳さんの3選

お題:山の自然にまつわる本

細井岳さんの<杣Books>は日本で唯一の「山頂本屋」。手製の背負子に本を詰めて、神出鬼没、山頂で開店しています。
「杣(そま)」というのは「伐木(木を切り倒すこと)」という意味。細井さんの本業は林業従事者なのです。

そんな細井さんにお願いしたのは「山の自然にまつわる本」。選んでくれたのは「山の自然」を観て、「自然とは何か?」をつかんでいそうだと細井さんが感じた著者の本3冊です。

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山 節/講談社現代新書
著者の内山節は哲学者であり、NPO法人「森づくりフォーラム」の代表理事を務めています。渓流釣りをきっかけに、1970年代より森を歩き、暮らしています。「ある時を境に我々日本人はキツネにだまされなくなってしまった。我々の自然観が変わったから、だまされなくなったのだと」と本書にはあります。

細井さん

我々の自然観の何がどう変わったのか?……は本を読んでもらうとして、読んだ後にきっとキツネにだまされないであろう自分を自覚し、悲しくなると思います。そうして、無性に山に行きたくなる……はずです

『山頭火句集』種田山頭火(村上 護・編)/ちくま文庫
「1940年、松山市の一草庵で泥酔頓死」。そう著者略歴に書かれている種田山頭火とは破天荒な俳人でした。句作をしながら西日本各地を行乞(食べ物の施しを受ける行)をするなど、放浪の半生を送りました。

細井さん

僧職にあるのに酒は飲むし、女は買うわのやり放題。俳句の原則である五七五、季語を無視の自由律俳句。でも、そんな自分にクヨクヨし、煩悩に振り回される。一言で言うなら人間臭いのです。
そんな彼が山や街を彷徨いながら吐き出した俳句は、山やテントの中で眺めていると、とてもしっくりとグッとくるのです

『くう・ねる・のぐそ』伊沢正名/ヤマケイ文庫
「糞土師(ふんどし)」として、1974年よりのべ1万回以上の野糞を行ってきた、著者の伊沢正名。登山ではウンコを自然に放置することはご法度とされていますが、菌類写真家としても活動していた伊沢の主張はいかに?

細井さん

ウンコという視点はエシカルとかサステナブルとかエコロジーといったことを一段深めてくれると思います。

アウトドアスキルとして、防災スキルとして「のぐそ」も注目されているので、それらを学ぶ実用書としても価値があります。一家に一冊の名著です。

蔵書10,000冊以上!「山の本」を楽しむ極意を収集家に訊きました

山岳関連書籍は文献として古いものも多く、文体など読むことが難しいと感じる人もいるかもしれません。山好きなら誰もが知っている、深田久弥の『日本百名山』も1964年初版と60年近く前の本なのですから!

そこで山にまつわる本を50年以上に渡り収集している上田茂春さんに「山の本を読む楽しさ」について教えてもらいました。ちなみに上田さんは「日本山書の会」会員であり、自身も『山の本』という書籍を出版しています。

リビング+2部屋の天井から床まで、収集された本がびっしりと保管されてます。「東日本大震災のときは、本棚が倒れてこの部屋のドアが開かなくなったんですよ。だから外から壊しました」と上田さん。

上田さん自身が収集を始めたきっかけは、学生時代に出会った辻村伊助の『スウイス日記』(1922年)と『ハイランド』(1930年)という登山紀行でした。行ったことのないヨーロッパアルプスとイギリス北部の山々を、辻村の文章から想像し、山の本の世界へと誘われたのです。

「山の本」は先人たちが遺し、次の世代につなげるもの

どうして上田さんは山を登ることだけではなく、山の本に惹かれたのでしょうか?

上田さん

(装丁や文章など)その時代時代の『雰囲気』を本は伝えてくれます。山の本の楽しみはというと、そこに書かれている風景を想像したり、著者の心象風景を感じることができることでしょうか。

実際に自分が登ったときに、著者が見て書いた風景が実体として広がるんです

そもそも「山の本」というのは、明治時代に近代登山が始まって以来、100年以上にわたって、初登頂や遭難などの登山記録、自然科学分野の記録、随筆などとして先人たちによって書き残されてきたもの。豊かな語彙や難解な文体はいまの若い人たちには取っつきにくいと感じられるかもしれません。

上田さん

もちろん最初から難しい文章の本を読めるわけではないですよ。でも書店に行けば、1冊や2冊は面白そうだと思う本がきっとあるはず。やさしい本から読んでいけばいいと思います。

登山には、登るという行為と考えるという思想、2つの楽しみがあるのです

日本山書の会

山への想像力を広げてくれるのが、山の本

「たった今」の山の風景をSNSの投稿で見られたり、映像機器やITの発達で稜線を歩くような疑似体験ができたりと、写真や映像の力でエベレストですら、その姿を間近に見ることができます。

でも本を読むことで、想像力を駆使してしか見られない「まだ見ぬ山」「新しい山」「自分だけの山」に出合えるかもしれません。4名が教えてくれた、古くて新しい「山」の本の楽しみ方。この秋はぜひ「本の山」にも登ってみてください。

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