2019年のF1第17戦日本GPでは、レース周回数が本来の53周ではなく、1周前の52周終了時にシステム上でチェッカーが出されるという混乱があった。しかし、それ以外にも、疑問が残るようなケースがいくつか見られた。
そのうちのひとつが、セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)の決勝スタートについてだ。決勝のリプレイ映像、そして車載カメラでは、スタートの合図となるブラックアウト(レッドランプ消灯)の直前に、ベッテルのマシンがわずかに動いていた。もし、ベッテルのスタートがジャンプスタート(フライング)だったら、1戦前のロシアGPでキミ・ライコネン(アルファロメオ)が受けたように、ドライブスルーペナルティが科されるはずだった。
ところが、ベッテルのスタートは不問に付された。なぜ、ブラックアウトの直前に動いたにもかかわらず、レース審議委員会はベッテルにペナルティを科さなかったのか。レース後、FIAレースディレクターのマイケル・マシは、次のように説明した。
「各マシンに取り付けられている、FIAが供給するトランスポンダーのデータでは、ジャンプスタートとは判断されなかったのだと思う」
F1マシンにはトランスポンダーと呼ばれる小型の発信器装置が搭載されていて、それがコントロールライン下に埋め込まれたセンサーによって読み取られることでタイムが計測されるシステムとなっている。スタート時には各グリッドの地面に埋め込まれた受信機がマシンの動きを監視する。
ただし、スタート時、F1マシンは完全に静止しているわけではなく、ドライバーがコクピット内でスタートに向けた準備をしている際に、わずかに動くこともあるため、許容範囲が定められている。
「そのため、日本GPでのベッテルの動きは、許容範囲内と判断され、システムがジャンプスタートとは判定しなかった」とマシは説明した。
しかし、その後、車載カメラの映像を通して、ベッテルにジャンプスタートの疑いが浮上すると、レース審議委員会は審議を開始。FIAのデータを精査する。午後2時13分にスタートしたにもかかわらず、審議が開始されたのが午後2時27分と、14分後だったのはそのためだった。
そこでレース審議委員会は「車載カメラの映像では動いたことが示されているが、その動きはF1のジャンプスタートシステムの許容範囲内であった」と判断し、不問に付した。
これは2017年のオーストリアGPでのバルテリ・ボッタス(メルセデス)のスタートが、ジャンプスタートと認定されなかったのと同じ理由だ。つまり、F1におけるジャンプスタートの定義とは、陸上競技やスピードスケードのスタートとは違って、グリッド上の白線内でわずかに動いても、それで即ジャンプスタートと認定されないシステムとなっている。
逆にロシアGPでのライコネンのケースは、グリッド上の白線を大きく超えてしまったため、システムが「ジャンプスタート」と反応した。ベッテルとライコネンの差は動いた後に止まったかどうかではなく、どれだけ動いてしまったかが問題となったわけだ。
つまり、ベッテルの審議は遅れたわけではなく、元々システム上ではジャンプスタートではなかったものを、映像を見たレース審議委員会が念のために調査し、最終的にシロという裁定を下しただけ。「フェラーリだから……」という推測は、この場合、まったく当てはまらない。