風よけの手

 ろうそくの火が、人の命に思える時がある。原爆の日、空襲の日、大災害が起きてから○年、という日もそうだが、鎮魂の火がそれぞれの地でともされることが多い。犠牲者と同じ数のろうそくが闇を照らす「慰霊の日」もある▲10年ほど前、「火」をお題とする「歌会始の儀」で選者の歌人、岡井隆さんは詠んだ。〈小さなる火を育てつつ守るときこころの部屋のあたたまり来る〉。命もまた、育てられ、守られる「小さなる火」なのだろう▲台風19号の甚大な被害を受けて祝賀パレードは延期され、天皇陛下の「即位礼正殿の儀」がきょう執り行われる。5月の即位の折、「国民に寄り添う」と決意を示された。パレード延期はお気持ちを酌んだためとみられる▲災禍は続く。準々決勝で敗れたが、ラグビーのワールドカップでの日本の躍進は人々に前を向かせた。悲痛と歓喜と、目に映る光景の輪郭がにじむ日々がこれほど続いたことは、過去にそうあるまい▲おそらくは数知れない人が「小さなる火」に寄り添い、心通わせることの重みをかみしめながら、儀式は行われる。国民の心に何を刻むだろう▲ろうそくの火を守るとは、風をよけるために両手で火を囲むさまを思わせる。殊の外、さまざまな思いが深まるこの秋、誰かの風よけの手となる心寄せを忘れまい。(徹)

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