エモい名盤「風立ちぬ」秋冬に聴きたい松田聖子のアルバム! 1981年 10月21日 松田聖子のアルバム「風立ちぬ」がリリースされた日

風の香りが変わった。鼻の奥に土っぽくひんやりとした空気を感じる。“秋が来た” と思う。私はこの瞬間が1年で一番好きだ。秋と冬が大好きな私は、毎年秋の風を感じるたびに、頭に流れるフレーズがある。

「♪ 風立ちぬ~ 今は秋」。子どもの頃から聖子ちゃんの曲で一番好きなのは「風立ちぬ」だった。「赤いスイトピー」よりも、「青い珊瑚礁」よりも私に響いた。とりわけ、「♪ 帰りたい 帰れない」というフレーズの切なさがたまらなく好きだった。

松本隆の詞を歌い上げる伸びやかな聖子ちゃんの声と、たおやかな大瀧詠一のメロディーが混ざり合って、秋の景色を描き出す。

悠然としていて、それでいて切なくて苦しくなる。大瀧のメロディーと松本の詞にこそ宿る、すがすがしい寂しさ… みたいな情景をこの曲も持っていると思う。

私はこれまでの Re:minder のコラムでも、「Tシャツに口紅」「恋するカレン」について書いてきたわけだけど、松本&大瀧の作る別れの曲が、どうにも好きなのだ。

彼らが作った曲を耳にすると、懐かしくて優しい思い出がよみがえるような気持ちになるからだ。

なんというか…、そう、"エモい"。

一応解説しておくと、エモい… とは「エモーショナルい」の略である。情緒的とか、感情が動かされた… とか、そういう意味である。古典でいう「をかし」とか「もののあはれ」に当たるような、言葉に成し得ない、胸に広がる情緒のことだ。

それで、私はこの表題曲「風立ちぬ」が入ったアルバム『風立ちぬ』こそ、聖子ちゃん作品の中で、最も “エモい” アルバムだと思っている。

まず、ジャケット写真が “ずるい”。溌剌としていた『ウィンディー・シャドウ』、水滴を纏ったフレッシュな『パイナップル』とは全く違う、ざらついたレタッチで撮影されたジャケット。

そんな、フードなんて被ってアンニュイな表情を浮かべられちゃったら、ねぇ。色白さが際立つ、秋冬の聖子ちゃんですよ。リップメイクが色を消すように、中央だけほんのりヌーディなオレンジに仕上げているのが現代の女子的にもポイントが高い。儚い冬の妖精です。

このアルバムは、A面を全曲作詞松本隆、作曲大瀧詠一、B面の編曲のほとんどを鈴木茂が担当している、はっぴいえんど色の強い作品になっています。これがもうね、エモい!そりゃそうだ!

松本&大瀧作品については前述のとおり、これまでも触れてきたので、今回はあえてB面からの曲を紹介したい。

まずは「雨のリゾート」。作曲は杉真理。「♪ レイ、ニー↑、レイ、ニー↑」と絞り出すように歌い上げる聖子ちゃんの声が切なくてたまらない。

杉真理といえば「バカンスはいつも雨」も、もちろん名曲ですが、杉真理、旅行したらめっちゃ雨降るじゃん。かわいそう……。

バカンス×雨 や、リゾート×雨 といった、華やかなイメージの語彙と、雨という言葉が一緒になっている言葉選びは情緒的だなぁ、と思うので私としては大好物なのですが…。

さらに、「黄昏はオレンジ・ライム」という一曲もあります。これは鈴木茂が唯一聖子ちゃんに提供した一曲です。

黄昏はオレンジ・ライム… なんて言葉が、すでにエモい。内容もこれまた良くて、彼からデートの誘いを待っている間に黄昏時を迎えてしまったという切ない乙女心が描かれています。

夕日を見ながら、映画の時間にも間に合わず、支度をした服も着替える。そういう瞬間の虚しさで心がいっぱいのエモ~い感情が、松本隆の歌詞と鈴木茂のメロディで、表現されています。

 It's too late 服を着替えて
 It's too late 夕日を見てたら
 不思議に泣けてきたの
 It's too late

と歌うサビが最高です。切ないメロディライン。不思議に泣けてきます。夕日の情景と寂しそうな聖子ちゃんが浮かびますよね。心象風景が描き出された歌詞と音が本当に秀逸です。間奏のサックスがすごくお洒落なのもオススメポイントです。

シングルにもなっている「白いパラソル」や、「一千一秒物語」…… 書き始めればアルバム『風立ちぬ』の魅力は尽きません。溌剌とした聖子ちゃんとはちょっと違う、秋冬に聴きたい名盤だと思います。

カタリベ: みやじさいか

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