【MotoGPコラム後編】日本GPで赤面する敗北を喫するところだったマルケス。それを阻止したホンダの完ぺきな仕事

 イギリス在住のフリーライター、マット・オクスリーのMotoGPコラムの後編をお届け。燃料ギリギリで第16戦日本GPを制したマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)。この勝利は、ホンダエンジニアたちが完ぺきに仕事をこなしたことをあらわしたレースでもあったとオクスリーは洞察する。

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 MotoGPが自動計算するバイクからライダーが考えて走るマシンに切り替えを行なったことで、状況はライダーだけでなくチーム全員にとってより難しいものになった。フリー走行中は各チームのデータエンジニアたちが、燃料消費の数字の分析に何時間も費やす。

チームと打ち合わせをするマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)

 データエンジニアたちは、フリー走行で起こったすべての周回ごとに何が起きたかを正確に把握している。ライダーは自力で走行したのか? 誰かのスリップストリームに隠れていたのか? ラップタイムを出すためにホイールスピンを多用したのか? それとも、よりスムーズにホイールをラインに収めていたのか? そして、そうした各周回における燃料消費はどれだけだったのか?

 そうしたすべてのデータをエンジニアたちは推定し、ライダーがレースで使用するトルクや、エンジンブレーキ、トラクションコントロール、アンチウイリーのマップを作成する。こうしたすべての作業はライダーとともに行われる。

 だからライダーは自分のエンジンに何を期待できるか正確に分かっているのだ。これは不可欠なことだ。なぜなら状況によってライダーはライディング技術を適応させる必要があるからだ。望むほどのトルクがない状況だったら、おそらくコーナリングスピードにより集中することになるだろう。

 すべてのライダーがツインリンクもてぎでのレースウイーク中、燃料消費のことを考えなければならないことを分かっていた。たとえレースが始まる前からでもだ。

MotoGP日本GPでの走行シーン

 レースは24周で、約115kmある。しかしレースが始まる前に、ライダーはサイティングラップとウォームアップラップを走行しなければならない。合計で約125kmの走行距離となる。つまり、ライダーはチェッカーフラッグを見たければ、280馬力のエンジンを4リッターの燃料で約25Km分動かさなければならない。

 マルケスはサイティングラップを完全なクルーズモードで走行した。ストレートでは軽くスロットルを開け、ドラッグを減らすために控えめな走行をした。燃料の一滴一滴が貴重だからだ。

 しかし、ウォームアップラップはさらに複雑だ。第1コーナーで転倒しないように全開にしてタイヤを温めるか、それとも最終コーナーでガス欠にならないように抑え気味にいくか? 選択につぐ選択となる。

■完ぺきな仕事をしたホンダのエンジニア

 スタートシグナルが消えれば、ライダーは自分が頼りだ。だがハンドルバーにはボタンがあって、ライダーは3種の異なるトルク伝達マップから選ぶことができる。ライダーは1戦の間に3回から4回だけマップを変更する時がある。またある時には、普段より頻繁にマップを変更する。コースの曲がりくねった場所を走り抜ける際には、おそらくソフトウェアで燃料をそれほど食わないマップに切り替えるだろう。そしてより速いセクターに差し掛かる際には、より強力でパワフルなマップに戻す。そこでは最大の加速とトップスピードが必要だからだ。

 HRC(ホンダ・レーシング)の技術者たちによる重要な助言にしたがって、マルケスはトルクマップボタンをレースの間ずっと使いこなした。

 完全に限界の力で走行し、コーナー進入時にはフロントタイヤがロックするまでブレーキをかけ、60度を超えるバンク角でコーナーを通過し、コーナー立ち上がりではリヤタイヤを横向きにきしませながら加速するなかで、このような操作を行なっているという現実を考えてみてほしい。

 だから、ライダーがテレビカメラの前で、スタートからフィニッシュまで全開でいくつもりだと話している時、彼らは必ずしも真実を語っていないことが分かるだろう。

チェッカーを受けるマルケス。この後のウイニングラップ中にガス欠によりコースサイドでマシンはストップした。

 日曜日にマルケスはできる限り全開で走行し、レースフィニッシュ後のスローダウンラップ半ばで燃料不足に陥った。つまりマルケスがフィニッシュラインを通過した時、おそらく燃料タンクには半リットルの燃料しかなかった。マグカップのコーヒー1杯分の燃料だ。ハフィス・シャーリン(レッドブルKTMテック3)は親切にも、マルケスがピットレーンに戻れるようにマシンを後ろから押してやった。

 まず、マルケスのぎりぎりのフィニッシュは、彼がもう少しで赤面する様な敗北を喫するところだったことと、HRCのデータ分析者たちは完璧な仕事をしたことを示している。このレースに向けた適切な仕事であり、またホンダはこのレースで25回目のMotoGPコンストラクターズタイトルを獲得した。

 完璧なエンジンは、フィニッシュラインを超えたまさにその瞬間に木っ端みじんに吹き飛んでしまうという、レース界の古い格言がある。(エンジンの耐久性が必須のこの時代にはもはやそぐわないが)

 そしてレースというものは常にそのようなものだ。ファクトリーのレースショップからピットレーンのガレージ、そしてコースまで、どこでも際どいところを走行するのだ。

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