年率20%成長、「中華フィンテック」爆発的成長の深層

日本では10月の消費税率引き上げとともに「キャッシュレス」キャンペーンが広がっていますが、中国ではモバイル決済はすでに生活になくてはならないものになっています。

筆者が5月に中国(北京、上海、杭州)で現地視察をした際、レストランやタクシーの支払いから、スーパーでの買い物、シェアバイクのデポジットまで、あらゆるものが“電子決済のみ”受け付けられ、現金だけでは生活ができないといわれるほどに普及していました。

中国ではインターネット金融が高速度で発展していますが、その中でも「フィンテック(FinTech)」が注目されます。金融サービスに情報通信技術を応用することで、送金や決済、貸付業務、投資アドバイスなどの合理化・効率化が進み、これまではなかった金融サービスを提供できるようになってきました。


今や米国をしのぐ電子決済大国

フィンテックといえば、アリババ・グループ・ホールディング傘下のアントフィナンシャルやテンセント、中国平安保険(集団)、JDドットコムが代表的な企業です。これら大手は、フィンテックのほぼ全範囲をカバーしています。

たとえばアントフィナンシャルは、モバイル決済の「アリペイ」(支付宝)のほか、1元から資産運用ができるMMF(マネー・マーケット・ファンド)「余額宝」、個人や企業の信用度をスコアリングする「芝麻信用」、消費者や中小企業に少額融資を行うマイクロクレジット専門のインターネット銀行「マイバンク」(網商銀行)を抱えています。

中国のフィンテック市場は2018年の170兆円から2023年には約2.8倍の477兆円へ拡大し、世界全体のフィンテック市場に占める割合は35%から44%へ拡大する見通しです。

中国で電子決済はフィンテック市場の8割を占め、その普及率は2018年に32.5%と、米国の7.9%を大きく上回っています。利用者数は同年の約8億人から2023年の9億7,400人へ膨らむ見通しです。

現在主流の「オンラインショップでの電子決済」市場は2019~2020年に15%程度で拡大し、2023年に162兆円と予想される一方、QRコード決済など「店頭でのモバイル決済」市場は40%程度で急拡大し、2023年に179兆円と前者を上回る規模に成長すると予想されています。

信用スコアが導く「サービス化」

中国でモバイル決済が普及した背景に、個人の信用スコアがあります。前述したように、アリババはアリペイの決済情報をもとに利用者の与信を管理する信用スコアサービス「芝麻信用」を提供。テンセントも同様に「騰訊征信(テンセントクレジット)」を展開しています。

信用スコアが高いと、シェアサービスの保証金が免除されたり、出国手続きが一部簡素化されたりするメリットがあります。もともとは、政府が個人に信用レベルを意識させることで不正取引を減らし、健全な社会システムを目指すことが目的でしたが、最近の中国では「信用を築き、良いサービスをすれば、ビジネスチャンスにつながる」との認識に変わってきています。

たとえば、筆者が5月に中国で訪れた四川風鍋料理レストラン「海底撈火鍋(ハイディラオ)」では、美味しい鍋料理にとどまらず、笑顔の接客や麺打ちのパフォーマンス、子供へのおもちゃのプレゼント、待ち時間に提供するネイルアートやマッサージチェアなど、いかにお客様に楽しんでもらえるか、随所に工夫が施されていました。

レストランは満席状態で、こうした運営スタイルが歓迎されていることを体感しました。中国でも物質的欲望を満たす段階から、サービスを受ける心地良さを求める段階に入ってきたといえるでしょう。

日本特有と思われた「おもてなし」が中国で受け入れられ、広がってきており、今後サービスによる差別化が企業業績に大きく影響を与える段階に入っていくと思われます。

2019年は50%超の拡大予想

今後のフィンテック市場で成長期待が高い分野として、インターネット経由の預金・貸し出しが挙げられるでしょう。2019年は50%超、2017~2023年の7年間でならしても30%超の伸び率で拡大すると予想されています。

中国ではこれまで、伝統的な金融機関の貸し出し先が大手企業や国有企業に限定されていたため、消費者や中小零細企業向けのサービスが不足していました。しかし、電子商取引などで購入履歴や商品の返品率など膨大な量のデータが蓄積されたことにより、コストを抑えながら貸し手と借り手をうまくマッチングできるようになってきています。

新しい分野のサービス産業には、守るべき既得権益がなく、低い参入障壁の下で新規参入が相次ぐため、市場の拡大余地は大きいと考えられるでしょう。

インターネット金融はビッグデータやクラウド、人工知能(AI)、ブロックチェーンなど新しい技術を利用した信用調査やスマート投資コンサルタント、保険へと広がっていく見通しです。

一例として、アリババ・グループ・ホールディング、テンセント、中国平安保険(集団)が共同出資する「衆安保険(ZhongAn)」が注目されます。同社は電子商取引(EC)サイトの損害保険に加え、旅行保険や医療保険、消費者金融を扱っています。中でも、医療保険はこれまでの中国になかった画期的な金融サービスです。

中国では公的な医療保険がないため、これまでは病気や入院時に非常に高いコストがかかっていましたが、同社はECや旅行保険など大量のデータを元にリスク分析するノウハウを利用し、安価な医療保険を展開しています。

フィンテックはEC同様の成長をたどるか

フィンテック市場の高い成長性と、米中摩擦の悪影響緩和への期待を背景に、中国は8月22日、「フィンテック発展計画(2019-2021)」を初めて策定しました。2021年までにフィンテック発展の骨格を確立することを目標としています。

計画では、金融業におけるITの応用力をさらに強化し、金融とITの高度な融合と調和のとれた発展を実現。人々のデジタル化やネットワーク化、スマート化金融商品に対する満足度の向上を図り、中国のフィンテックを世界先進レベルに引き上げることを目指すとしています。

6つの重点施策が定められ、国内金融市場をさらに開放していくうえで、フィンテックがリスク防止の役割を果たすことへの期待が込められています。

2015年に中国当局があらゆるものとインターネットをつなげる政策として打ち出した「インターネット・プラス」が、その後の中国のインターネット金融・小売りの著しい市場拡大につながった経緯を振り返れば、「フィンテック発展計画」が中国経済のさらなるサービス化の加速を導くとみてよいでしょう。

また、日本銀行の黒田東彦総裁は10月20日の講演で、新興国において「金融包摂(家計や企業が適切な金融サービスにアクセスを有し、効果的に利用できること)」が経済成長につながるという見方は広く政策当局者の間で共有されており、ソフト面ではフィンテックの活用も有効、との見方を示しています。

金融包摂は「持続可能な開発目標(SDGs)」の「誰一人取り残さない」成長につながるものでもあり、今後の市場拡大が期待される分野といえるでしょう。

<文:シニアストラテジスト 山田雪乃>

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