プログラミング教育が抱える3つの課題「ICT環境」「教師」「カリキュラム」

2020年度から、「論理的思考力」や「課題解決力」を高めることを目的に、全国の小学校でプログラミング教育がスタートします。ビジュアルプログラミングツール「Scratch」などの教材を用いることもあり、現場レベルでは相当苦労することも予想されます。現時点でどういった課題があるのかをまとめてみました。

プログラミング教育の必修化についてはこちらをご覧ください。

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コンピューターは5.6人に1台、いまだ進まぬ「ICT環境の整備」

学校のICT環境整備は急務

プログラミング教育の課題として、最初にふりかえっておきたいのは、ICT環境がどのくらい整備されているのかです。もちろん、プログラミングに必ずしもパソコンやスマホといった機器やWi-Fiなどが必要とされるわけではありません。とは言っても両者には密接なつながりがあるため、これまでICTに対する取り組みがどの程度達成されているかを知ることは、今後のプログラミング教育の動向を予測するうえで、大いに役立つはずです。

2017年度にまとめられ、2020年度から全面実施する小学校の「新学習指導要領」では、「学習の基盤となる資質・能力」として、「言語能力」と同じように「情報活用能力」を重要視。学校でのICT環境を整備するとともに、ICT(Information and Communication Technology)を活用した学習活動の充実を明記しています。大きく分けると、以下の4点になります。

1)情報活用能力の育成

ICTの基本的な操作スキルにはじまり、必要な情報を収集、判断、表現、処理、創造し、受け手の状況などをふまえて発信や伝達ができる能力、情報の科学的理解、情報社会に参画する態度を育成する。

2)各教科の指導におけるICT活用の促進

ICTを活用して、主体的かつ対話を重視した深い学びができるように授業改善を目指す。

3)教職員の業務負担軽減及び教育の質の向上

学校業務をICT化することにより、教育や事務などの業務負担を抑えるとともに、より教育に集中できるようにし、質の向上を目指す。

4)学校のICT環境整備の促進

上記の1)~3)を実現するための基盤を整備する。

まずは、4)にある「ICT環境整備の促進」が最も重要になりますが、実際のところ、どのくらいICT環境は整備されているのでしょうか。

たとえば、コンピューターの普及率を見てみましょう。教育用コンピューター1台当たりの児童生徒数は5.6人/台(2018年3月1日現在、「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」より)と、生徒に対して1人1台の実現には至っていないのが現状です。コンピューターはあくまでも、たまに専用教室に行って利用する「特別な教材」という位置づけのようです。

こうした状況のなかで、本当に小学校でプログラミング教育を行えるのか、という疑問がわいてきます。もちろんプログラミング教育はコンピューターやその他のICT環境、機器を必ずしも必要としません。目標は「論理的思考力」や「課題解決能力」であり、プログラミング教育のための機器は、コンピューターがなくても使うことができるでしょう。

しかし、プログラミングが実際に使われる現場は、スマートフォン、コンピューター、インターネットが稼働していることを前提とした日常です。

さらに言えば、地域間で事情は大きく異なります。もっとも普及している長崎県は1.8人に1台行き渡っていますが、全国ワーストの埼玉県では7.9人に1台とかなりの差があります。しかも、興味深いことに、埼玉県に続いて、愛知県、千葉県、神奈川県、福岡県、広島県、兵庫県といった人口の多い県が下位に並んでいます。さらに言えば学校間でもまた格差があるでしょう。

このように、最低限のICT環境の整備が十分になされていないということが、最大の課題です。コンピューターにこだわらず、スマートフォンやタブレットの活用、Wi-Fi環境の整備など、課題は山積みです。

どうやって論理的思考力を伸ばす? 教材は? 指導する小学校教師が抱える課題

次に心配なのは、プログラミング教育を指導する教師についてです。先生たちは、すでに十分に対応ができるようになっているのでしょうか。たとえば、ICT活用に関しては、2007年と2018年に行われた、ある調査の結果があります(「平成29年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)」文部科学省、2018年3月、より)。

この調査によると、ICTを活用して指導する能力、教材研究・指導の準備・評価などにICTを活用する能力などの面で、大半の先生がスキルアップしています。

とくに子どもたちのICT活用を指導する能力は、2007年度にはおよそ半数(56.3%)がクリアしていたにすぎませんでしたが、2018年度には2/3(67.1%)にまで上昇しました。もちろん、1/3が指導能力に課題を抱える状態に不安は残りますが、前進しているのが見て取れます。

しかし、そもそもプログラミング教育について、いまの科目の中でどのような指導を通じて、「論理的思考力」や「課題解決力」を高めるのか、具体的なイメージを描けている先生はそれほど多くはないでしょう。

ビジュアルプログラミングツール「Scratch(スクラッチ)」をはじめとした教材を新たに用いる場合はなおさらです。使ったこともない状態では教えられるはずもありません。一定、習熟していることが求められます。そもそも採用時にはカリキュラムに含まれていなかったのですから、大半の人にとっては、はじめての経験となるはずです。

小学校でのプログラミング教育は、新たに科目がつくられるわけではなく、既存の科目内で学ぶことになります。各科目を教えるなかにプログラミング教育を組み込むというのは、それほど簡単なことではなく、教育を行う先生方に十分な知識や技術、技能が求められるのです

なお、「教育職員免許法施行規則」には、教員養成における情報に関わる科目として「情報機器の操作」(2単位)についての規定がありますが(第66条の6)、プログラミングどころか、情報についての理解や機器の操作については特にふれられていません。実際に教材を用いた授業を行うためには、教員がプログラミング教育を効果的に実践できるように研修や講習などを実施するなどの対策が必要となるでしょう。

指導計画

第3の課題は、実際のカリキュラムについて。プログラミング教育は、新たに科目がつくられて、年間の単位が決められるわけではありません。全体に言えることは、既存の科目の履修内容よりもプログラミング教育に気をとられて、既存の科目の学習が疎かになるおそれがあることです。むしろ、既存の科目に含まれている「論理思考力」や「課題解決力」を高める内容に真剣に取り組んだほうが効果的ではないのか、という声も出ています。

たとえば国語の授業で、物語の構成を考えたり論理的な文章を書いたりするようなトレーニングは、何もプログラミングでなくてもできます。算数であれば、正多角形の作図をプログラミングで行うよりは、鉛筆と定規で作図を行ったほうが、作図の仕方そのものの理解は深まるかもしれません。もっともプログラミングと親和性が高そうな理科でも、温度センサーを使うよりも温度計で直接測ったほうが実感はつかみやすいでしょう。

音楽の時間にプログラミング教育を導入する場合も同じです。作曲ソフトを使って簡単に楽曲が作れることを知ることは、今まで音楽が苦手だった子どもが、これを機会に音楽が好きになることもあるとは思いますが、一方でこれまでのような音楽にふれる機会は確実に減ります。

このように、プログラミング教育を既存の科目に導入すると、学ぶ対象との距離を置くことになり、直接手を使う作業や直接対象にふれる機会を減らしてしまうかもしれません

さらに懸念されるのは、科目そのものの内容を理解することとプログラミング教育を通じた論理的思考力の養成が、うまく両立できるのかです。あまり力を入れすぎると、どの科目の時間でもプログラミングにふりまわされることになってしまいます。

大きく分けると、あくまでも既存科目内への導入は、論理的思考力の部分に少し比重を置くことが大事です。もっともよいのは、総合的な学習の時間において、ICT教育とあわせて、プログラミングの基礎を学んだり教材を活用したりすることではないでしょうか

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以上のように、たしかに小学校におけるプログラミング教育の必修化は、いろいろと課題があります。しかしもっとも大切なことは、これからの時代を生き抜こうとする子どもたちにとってプログラミング教育がどういう意味をもっているのかを指導する先生のみならず、社会全体の大人たちが共有することです。少なくとも多くの子どもたちにとって、プログラミング教材は好奇心をくすぐるはずです。ぜひとも実際にコマンドやプログラムを試す機会を子どもたちにつくってほしいと思います。

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