「忘れない」写真展

 終戦から20年ほどたつ年の真夏、式の会場で後ろの若者が「暑いなあ」と言い、「もっと暑かったんだよなあ」とつぶやく。長崎の被爆者で作家の故林京子さんの小説「無明」にこんな場面がある▲式とは「長崎原爆の日」の平和祈念式典のことで、林さんを重ねた主人公の「私」は、つぶやきに涙をこぼす。ああ、あの日の暑さと、身を焼くような熱さを分かろうとしている人がいる、と▲長崎の空で原爆がさく裂した「その日その時」とは、被爆した人が記憶をよみがえらせる時であり、そうでない人、戦後生まれの人は想像を巡らせ、思いを重ねる時でもある▲その日その時、目の前にどんな風景がありましたか? 今年の8月9日午前11時2分に撮られた写真を募った「忘れないプロジェクト写真展」が、長崎市のナガサキピースミュージアムで開かれている。11月4日まで▲長崎市の被爆者でアマチュアカメラマンの小川忠義さん(75)が毎年呼び掛け、今年は県内外から118点が寄せられた。写真の中で、時計が11時2分を示している。夏空がある。街角で誰かが手を合わせている▲今が平和だからこの風景があるのだと思い至り、「暑かったんだよなあ」と炎熱の被爆時を想像したりもする。どなたかが撮った8.9に今の尊さを思い、74年前を重ね合わせる。(徹)

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