N国の危険な戦術、その先にあるもの ある日突然訴えられる、「スラップ」の脅威

記者会見で首長選に相次いで出馬する意向を表明するNHKから国民を守る党の立花孝志党首

 大企業のトップや国政政党といった強大な力を持つ人間や組織が、ある日突然、あなたを裁判に訴えてきたら…。

 悪いことをした覚えはない。受けて立つしかないけれど、どうしたらよいのか分からない。弁護士を探して依頼してみたものの、費用がかかる。いつ裁判が終わるのか分からない。負けたら賠償金を払えるのか。不安で眠れない。仕事も手に付かない…。

 一市民にとって訴訟は、経済的、時間的、精神的に大きな負担となる。逆に、経済力や権力を持つ側の負担はさほどでもない。この「力の差」を悪用し、力を持つ人が持たない人に圧力をかける目的で起こす裁判がある。「スラップ(SLAPP)」だ。裁判の本来の目的から外れ「裁判の名を借りた嫌がらせ」であるため、米国の多くの州では規制されている。

 スラップの狙いは、特に「表現の自由」を萎縮させること。自分の意に反する主張をする人に、巨額の賠償を求めて黙らせようとする。日本でもこの種の裁判が起きている。電力会社が原発に抗議する住民を訴えた例などが有名だ。有名人が、自分に批判的な人を訴える例も多い。

 ▽このやり方は…

 「NHKから国民を守る党(N国)」は、7月の参院選で党首の立花孝志氏が初当選し、地方議員も次々誕生した。インターネットの動画投稿サイトを中心にした発信で支持を広げる一方、タレントのマツコ・デラックスさんら批判者を提訴すると宣言し、物議を醸した。

 今、このN国のやり方が、スラップではないかと関心を集めている。N国の地方議員に提訴されたネット記者の男性の裁判から、その危険性を考えた。

 2017年11月の東京都葛飾区議選。選挙ウォッチャー「ちだい」さん(41)は当時、区議に立候補した立花氏を取材した。言動に違和感を覚えたものの、当時は注目する多くの候補者の一人にすぎなかった。

 立花氏は区議に当選。以後、地方選で勝利する党員も出始めた。立花氏は、受信料を催促するNHKの集金人を追い返す方法など、動画投稿サイトで過激な発言を繰り返し注目を集めていった。N国への支持が世間で広がりつつあると感じたが、新聞やテレビはほとんど報じない。

 ちだいさんは、有権者にN国の情報を届ける必要があると考え、選挙戦の様子や動画投稿サイトなどをチェック。批判的な記事を書き続けた。

 そんなちだいさんの元に、ある日訴状が届く。18年6月、千葉県松戸市長選に関する記事を巡り、N国に裁判を起こされた。

 ちだいさんによると、経緯はこうだ。松戸市長選に出馬したN国の候補の街頭演説を、他のフリー記者らと取材した。その際、フリー記者2人が候補に公約を尋ねたが、候補は答えられなかった。すると、その様子を見ていた立花氏や他のN国の地方議員が激怒して2人に暴行した。

 ちだいさんが一部始終を記事化し、「N国の地方議員や立候補者に議員の資質はない」と批判した。

選挙ウォッチャーとして、取材をしているインターネット記者「ちだい」さん

 ▽裁判制度の悪用

 立花氏の反応は早かった。動画投稿サイトに登場し、記事の内容を虚偽だと断じた上、名誉毀損で提訴すると宣言。10万円の懸賞金をかけ、記事を書いたちだいさんの「本名と住所を募集する」とも呼び掛けた。

 その後、記事中の2カ所の記述についてそれぞれ、訴訟を起こされた。うち1カ所の記述については、N国と立花氏が原告となり「名誉を毀損された」として計210万円を賠償請求。今も係争中だ。

 もう1カ所の記述を巡る訴訟の原告は、N国の久保田学・東京都立川市議。「久保田氏が立川市に居住実態がほとんどない」とする記事が選挙妨害で名誉毀損として、200万円を請求された。

 ところが、訴えた久保田氏側は審理で、公共料金の領収書など居住実態を裏付ける十分な資料を求められても提出しない。ちだいさん側の反論の書面すら「まともに読んでいない」と発言。19年5月には訴訟を取り下げると言い出した。

 ちだいさんは、久保田氏側が裁判を最後までやる気がなく、提訴は手段にすぎないと感じた。「提訴によって経済的、心理的な負担を課し、言論活動を弾圧する目的だった」として、久保田氏に約120万円の賠償を求める反訴を起こした。

 9月19日の千葉地裁松戸支部判決は、久保田氏の提訴が「裁判制度の目的に照らして著しく相当性を欠く」と指摘。裁判制度を悪用したとして、久保田氏に約75万円の支払いを命じた。一方、久保田氏が原告の訴訟は請求棄却。ちだいさんの勝訴となった。

 判決は、立花氏が5月に動画投稿サイトで「この裁判は、勝ってちだい君からお金をもらうためでなく、経済的ダメージを与えるためのスラップ訴訟だ」と発言したことも踏まえていた。

 ▽代引きで届く食品・グッズ

 判決後に記者会見したちだいさんは「批判した人をどんどん裁判で訴えていくのでは、議論ができなくなってしまう。民主主義を守れなくなる」と訴えた。勝訴はしたものの、60万円超の費用負担も強いられ、取材経費が圧迫された。

 動画投稿サイトでは本名や住所が特定できる情報をさらされた。その後、自宅には段ボール約20箱分にも上るパンフレットのほか、代金引換でアダルトグッズ、生鮮食品などが連日のように送りつけられる。インターホンが鳴るたび、家族も不安を感じている。

 「訴訟を恐れて謝罪し、黙ってはいけないと思った」。だから提訴後もN国の記事を書き続けてきた。「裁判を起こされ、ネット上でうそつきよばわりされたが、判決が出て安心した。今後も批判を続けたい」と決意する。

 一方、久保田氏は判決を不服として控訴した。

 立花氏は9月27日、定例の記者会見で、自身が動画投稿サイトでスラップと発言したことについて「嫌がらせではない。世間の注目を集めるために言った」と述べた。

 専修大の内藤光博教授(憲法学)は今回の訴訟を「明らかなスラップだ」と指摘する。「少数者や反対派を黙らせる目的で、力関係に圧倒的に差があるのに、私人と対等のように権利を主張している。言論弾圧につながり、非常に問題だ」

内藤光博・専修大教授

 内藤教授によると、米国では1980年代からスラップが問題視されるようになり、多くの州で「反スラップ法」が整備されている。日本でもスラップは増加傾向にあるという。

 今回の判決について内藤教授は「画期的な内容だ。裁判所は直接的な言葉を使っていないが、実質的にスラップだと認めた」と評価。同時に、N国の姿勢に疑問を投げ掛けた。「政策や思想をオープンにし、さまざまな批判を受けるのは国政政党の役目。スラップを使うのは、民主主義の大原則を破るものだ」(共同通信スラップ訴訟取材班)

© 一般社団法人共同通信社