しんゆり映画祭、直ちに「主戦場」を上映すべきだ

またもや表現の自由と検閲禁止の無理解

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竹田昌弘

共同通信編集委員(憲法・司法・事件)

竹田昌弘

共同通信編集委員(憲法・司法・事件)

 1961年富山県生まれ。毎日新聞から共同通信の記者に転じ、宇都宮支局、社会部、大阪社会部などに在籍。社会部次長、司法キャップなどを経て現職。共同通信社の「事件報道のガイドライン」や事業継続計画(BCP)作成の事務局も担当した。

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 川崎市麻生区で11月4日まで開催されている「KAWASAKIしんゆり映画祭」で、慰安婦問題をテーマとしたドキュメンタリー映画「主戦場」(ミキ・デザキ監督)の上映が見送られた問題は、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の中止・再開に続き、表現の自由と検閲禁止を巡る萎縮や無理解を改めて示した。映画祭で10月29日に上映された「ワンダフルライフ」の是枝裕和監督が舞台あいさつで語ったように、主催団体と共催の川崎市は過ちを認め「主戦場」を直ちに上映すべきだ。(共同通信編集委員=竹田昌弘)

映画「主戦場」のポスター(東風提供)

「上映難しい」と川崎市、検閲に通じる行為ではないか 

 映画祭はNPO法人「KAWASAKIアーツ」が主催し、事務局を運営している。「主戦場」の配給会社「東風」によると、6月10日に映画祭の事務局から「『主戦場』を上映したい」と伝えられ、8月5日午前に上映申込書が提出された。ところが、同日の午後になって「川崎市から『訴訟になっている作品を上映することで、市や映画祭も出演者から訴えられる可能性がある。市がかかわる映画祭で、上映するのは難しいのではないか』と言われた」と連絡があり、9月に上映見送りの文書が届いたという。 

 確かに「主戦場」に登場する米国人弁護士のケント・ギルバート氏ら5人は6月19日、デザキ監督や東風に上映中止と計1300万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴していた。訴状では「映像を撮影時の文脈から離れて不当に使用しない」と合意していたのに、監督らは発言の意図を歪曲(わいきょく)して「歴史修正主義者」のレッテルを貼り、名誉を傷つけたなどと主張している。 

 川崎市市民文化振興室の担当者は共同通信の取材に「主催者から7月下旬に相談があり、それに答えただけで、介入とは考えていない」と話している。しかし東風の説明通りであれば、行政権が主体となって「(表現物の)発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止すること」(1984年12月12日の最高裁大法廷判決)と定義される検閲に通じる行為ではないか。「将来の表現活動を萎縮させる公権力の行為は、広い意味で検閲に当たる」(山田健太専修大教授)とする見解もある。最高裁は引用した大法廷判決で、憲法に検閲の禁止規定があるのは「公共の福祉を理由とする例外の許容をも認めない趣旨」との解釈を示している。川崎市は検閲とそれが禁止されている意味を理解していないのではないか。

記者会見する映画「主戦場」のミキ・デザキ監督。出演した学者ら7人が「学術研究だとだまされて商業映画に出演させられた」などと抗議していることについて「映画公開は承諾書で合意を得ており、問題ない」と反論した=6月3日、東京都内

 主催団体、上映実現へ何か努力したのか

 一方、映画祭の中山周治代表は共同通信の取材に「運営のほぼ全てをボランティアが行っており、安全面や運営面のリスクを考えて判断した。忖度(そんたく)したと取られても仕方がないが、税金が使われている映画祭なので、民間の劇場とは違う判断をせざるを得なかった」と説明している。 

 ただ表現の自由は「国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によってもみだりに制限することはできない」(74年11月6日の最高裁大法廷判決)とされ、例外は損害賠償責任を負う民法の不法行為や刑法の脅迫、威力業務妨害、名誉毀損(きそん)の罪に当たる表現活動、憲法12条、13条の「公共の福祉」に基づく性表現の規制などだけだ。表現の自由と表裏一体の「知る権利」もある。上映の見送りは、映画祭の入場者が「主戦場」を鑑賞する権利を侵害している。 

 そもそも納税者の考え方はさまざまであり、税金が使われていることは理由にならない。多様性を認めることが表現の自由の出発点に他ならない。安全面や運営面のリスクについては、ニコンが元慰安婦の写真展をキャンセルしたことを巡る損害賠償訴訟の東京地裁判決(2015年12月25日)で「(当事者が)誠実に協議した上、互いに協力し、警察当局にも支援を要請するなどして混乱の防止に必要な措置を取り(写真展開催という)契約の目的の実現に向けた努力を尽くすべきであり、そのような努力を尽くしてもなお重大な危険を回避できない場合にのみ、一方的な履行拒絶もやむを得ない」とされている。主催団体は上映の実現に向けて何か努力したのだろうか。映画祭の主催団体としては、あまりにも表現の自由と積み上げられてきた司法判断を理解していないようだ。

 「萎縮の連鎖を止めなければならない」

 「主戦場」の上映見送りに対し、映画祭で上映を予定していた「止められるか、俺たちを」の白石和弥監督と「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)を製作した若松プロダクションは出品を取り下げた。白石監督は記者会見で「最近の萎縮の連鎖を、表現の末端にいる者として止めなければいけないという思いで決断した」と述べ、「止められるか、俺たちを」の脚本を担当した井上淳一さんは「忖度による無自覚な表現の放棄だ」と指摘した。 

 若松プロダクションはホームページで「今ここで抗議の声を上げ、何らかの行動に移さなければ、上映の機会さえ奪われる映画がさらに増え、観客から鑑賞の機会をさらに奪うことになりはしないでしょうか」「『止められるか、俺たちを』は、若松孝二監督の若き日を描いた映画です。若松監督は常々、『映画を武器に世界と闘う』と言っていました。今、この国は表現の自由を巡る分水嶺に間違いなく立っています。今、映画を武器に何をすべきなのか? ここで何もしなければ、十年後二十年後に『あの時自分たちは何をしたのか?』と後悔することになりはしないか? 今こそ、若松監督の言葉をもう一度確かめたいと思います」と出品を取り下げた理由を詳しく伝えている。

 「プロセスに行政が口を出す権利はない」

 是枝監督は舞台あいさつで「川崎市は共催者。懸念があるなら払拭する立場だ。ただ上映をすればよかった。作品はきちんと映画祭側が選考したわけだから、そのプロセスに行政が口を出す権利はない。主催者が行政の意向をくんで作品を選考していくようになったら、映画祭は映画祭として独立しえない。そんな映画祭は尊敬されない」と主催団体と川崎市を厳しく批判。その上で「まだいまからでも間に合う。やれることはある。きちんと過ちを認め、上映し直す。それが一番だと思う。そうでなければ支援しようがない」と呼び掛けた(神奈川新聞の記事による)。 

10月11日に公開された新作「真実」をパリで撮影中だった是枝裕和監督=2018年11月10日、パリのリュクサンブール公園(共同)

 時間は限られているが、主催団体と川崎市は「主戦場」の上映に向け、これらの声に真摯(しんし)に耳を傾け、表現の自由と検閲が禁止されている意味をしっかり理解してほしい。あいちトリエンナーレで「表現の不自由展・その後」が再開されるまでの経過もきっと参考になるだろう。