県名いじりは財務官僚の奥義? 山梨県は「ワイン県」

記者会見で「ワイン県」を宣言する山梨県の長崎幸太郎知事

 山梨県にどんなイメージをお持ちだろうか。富士山? 武田信玄? 特に知っていることはない? いやいや、違うんである。山梨県は「ワイン県」なのである。これまで転勤族としてさまざまな都道府県民になってきたが、2019年8月の「ワイン県宣言」で、期せずしてワイン県民になることができたので、感謝の意を込めてワイン県の実態をリポートしたい。

 「このたび山梨県としまして、ワイン県を宣言します」。8月7日、長崎幸太郎知事が定例記者会見で、突如として「改名」を宣言し、新年号「令和」の発表会見をほうふつとさせる額縁を取り出した。わ、ワイン県と書いてある…。なんだか県民税とか高そうである。
 山梨県はワイナリーの数や、国内で収穫されたブドウを100%使用し国内で醸造した「日本ワイン」の生産量が全国一。長崎知事いわく、宣言の狙いは「ワインを前面に出して観光PRをしていく」ことだ。

 県内を訪れる観光客数は2018年で3768万8千人を数えたが、富士山周辺に1849万5千人で、ざっと半数が一部の地域に偏っている。県内では富士山周辺をはじめとする県東部を「郡内(ぐんない)」、甲府市など県西部を「国中(くになか)」地方と呼ぶが、国中地方にも観光客を呼び込みたい考えだ。この国中地方、県内に81あるワイナリーのほとんどが集中しているほか、高品質なワインが1本千円前後で手に入る。ここの住民の中には家庭用として一升瓶サイズでワインを購入し、茶わんでがぶがぶ飲む人もいる、魅力的な地域である。

 しかし、記者会見は紛糾した。ワインは酒である。体質的に飲めない人もいるし、子どもは飲んではいけない。しからば、このPRが「刺さる」のは一部の人に限られる。さらに、県内には著名な日本酒の酒蔵や、地ビールメーカーもある。それらを隅に追いやっていいものなのか。それに、そもそも、なんか過去に同じような手法でうどんの県だと宣言したところがあったような気がする。あれ、これ、ぱくりじゃない?

 長崎知事の反論を紹介しよう。「お子さんは来ないでということでは全然なくて、大人のみなさんにより多く来ていただいて、さまざまなおいしいもの、素晴らしいものを消費してもらいたいという思いだ」。ワインを使った「ワイン卵」とか「ワインビーフ」もおいしいから、お子さんも安心だ、とも付け加えた。また、「ワイン県と言うことで多くの方に足を運んでもらえれば、クオリティーが高いものに触れていただく機会が生み出される。ビール、日本酒も、ここに来て飲んでもらえれば、多くの方がファンになることは疑いのないこと。相乗効果をもって伸びるはずだ」。うーん…、そんなに飲めないです…。
 
 この長崎知事、1月に初当選した気鋭の「改革派」である。財務省の官僚を経て衆院議員を3期務めた切れ者で、富士山に登山鉄道を建設する構想を打ち出すなど、次々に新たな事業を立ち上げている。庁内での自由闊達(かったつ)な議論を重視し、「最大の事業効果を最小の県負担で実現する」ことを目指している。ワイン県事業にかける本年度の9月補正予算は3100万円で、インパクトの大きさに比べれば、なるほど少ない金額のようにも思える。

 ちなみに長崎知事は、12月に任期満了を迎える尾崎正直高知県知事と、財務省(当時は大蔵省)の入省同期である。尾崎知事といえば、高知県人全員が家族をもてなすように旅行客を迎え入れるとアピールして観光客誘致を目指した「高知家(こうちけ)」キャンペーンを打ち出した人物だ。インパクト重視で自治体の知名度を高めようとするこうした事業は、財務官僚の奥義なのだろうか。
 
 そこで香川県、もとい「うどん県」に目を向けてみる。2011年に「改名」を宣言し、県出身の俳優要潤さんを副知事に任命して、一時はアクセスの集中で特設ページのサーバーがダウンするほど、全国的な話題となった。県の担当者によると、宣言当時の観光(入込)客数は871万3千人。「そこからずっと右肩上がり」で、昨年は941万6千人にまで伸びている。ワイン県については「いい名前だなと思います」と勝者の余裕である。この「うどん県」を主導した浜田恵造香川県知事も、やはり元財務官僚だ。やっぱりこういうインパクト重視の事業、奥義なのね…。(特産品を県名に使うPRの例としては、群馬県の「すき焼き応援県」宣言なるものもあるが、ちゃかすと怒られそうなので触れないでおく。)

日本ワインを取り扱う甲府市内の販売店

 とまれ、ワイン県宣言で喜んだのは、ワイン事業者であった。山梨県ワイン酒造組合の斎藤浩(さいとう・ひろし)会長は「大変驚き、大いに喜んでおります」とした上で、「組合員一同大変感激し感謝しております。まずは県民の皆さんとともにワイングラスを片手に山梨『ワイン県』宣言を歓喜したいと思います」。他方、清酒業界からは、匿名で怒りの声が寄せられた。「確かにインパクトはあるかもしれないが、富士山や南アルプスの清らかな水を使った日本酒も同じようにPRしてほしかった。失望した」

 この唐突なワイン県宣言にはその実、焦りもあった。「日本ワイン」造りは長野県や北海道でも盛んになってきている。日本ワインに限らないワイン全体の生産量ではキリンホールディングス傘下の国内最大手メーカー「メルシャン」の工場がある神奈川県がトップだ。山梨県としては、ほかの自治体に先駆けて「本場」をアピールする必要があったのだ。

 長野県の阿部守一知事は8月9日の会見で、ワイン県宣言について問われ、「ワイン用ぶどうの生産量は長野県が日本一」「長野県でつくったワイン用ぶどうを山梨県のワイナリー醸造所に持っていき、ワインになっているものもある」「何県という狭いくくりではなくて、日本ワインの素晴らしさを発信していくことが重要」と答えている。含むところがあるようである。

長崎幸太郎知事(右)から「ワイン県」副知事の辞令を受け取る作家の林真理子さん

 10月8日には、ワイン県の副知事に、県出身の直木賞作家林真理子氏が就任した。ワイン愛好家として知られ、日本ソムリエ協会の「名誉ソムリエ」でもある。かつて週刊誌のコラムで「3万円以上」のワインを飲むと書いていたが、「身に余る光栄。適役じゃないか」と述べ、今後はリーズナブルな山梨ワインを飲む覚悟を示したから頼もしい。うどん県の要潤副知事は、うどんをズルズルすする音で赤ちゃんを泣きやませるという動画をも公開してみせたが、二匹目のどじょうを狙う以上、林副知事の手腕も試されそうである。(共同通信=川村敦)

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