辰巳商会中央図書館ってなに?

突然名前が変わった最大級の図書館

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佐々木央

47NEWS編集部、共同通信編集委員

佐々木央

47NEWS編集部、共同通信編集委員

 本州の北辺・下北半島で育ちました。子どもや若者のこと、生きもの(動物園・水族館)について長く取材してきました。なので、軽視されたり無視されたりしがちな存在、人権のないものへの共感も少しはあります。 

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図書館入り口の表示(谷合佳代子さん撮影)

 大阪市立中央図書館が10月1日から「辰巳商会中央図書館」になったという。昨年のデータによると、蔵書225万冊、年間入館者数139万人を誇る日本最大級の自治体図書館である。それが辰巳商会の1部門のような名前に変わってしまった。 (47NEWS編集部、共同通信編集委員佐々木央)

 辰巳商会は海運を中心とする会社で大阪市に本社を置く。ホームページで事業内容を見ても、図書館との縁はなさそうだ。

 何が起こったかといえば、大阪市がネーミングライツを売り、辰巳商会がそれを年額200万円、2年契約で買い取ったのだという。大阪市はほかに、区民センターやスポーツ施設、地域の図書館など56件のネーミングライツも売り出していて、生野図書館の最低募集価格は年間わずか10万円。それほど市財政がひっ迫しているのだろうか。辰巳商会としては、困っている大阪市を助けたと思っているのかもしれない。

 正確に言えば、正式名称としての大阪市立中央図書館は残るが、愛称が辰巳商会中央図書館に変わり、一般的には、その愛称で呼ばれるようになる(それは他のネーミングライツの売却も同じで、正式名称は残っている)。ご覧の写真のように、中央図書館は案内版も建物外壁の表示ももう変わっている。

 思えば東京・調布にある東京スタジアムが「味の素スタジアム」に変わったのが2003年。サッカー好きな友人の口から「アジスタ」という略称が出て「それなんのこと?」と聞いたのを覚えている。それが最初だったらしい。ちなみに「味スタ」はずっと契約を続けており、この3月に5年間、計11億5千万円で契約更新した。

 スポーツ系のそれについては、運営のために仕方がないのかなと思ってきたが、短期間でころころ変わるものもあって戸惑う。新聞のスポーツ面の短信で略記される競技場名は、どこにあるのかも分からないこともがある。せめて名前の一部に地名だけは残してほしいというのが、このかんの切なる希望であった。

 図書館や文化施設の名前が売られるに及んで、私にもようやくことの本質が分かってきた。

 一般的に名前が変わるのはどんなときか。日本人の場合なら、歌舞伎役者や芸能人、文化人などを除外すると、結婚するときだろうか。「夫婦は同姓」という法律があるから、どちらかが相手の姓に改姓することになる。

 映画「千と千尋の神隠し」は名前が重要な役割を果たす。主人公の少女、千尋は湯婆婆によって名前を奪われ「千」と名づけられ、千尋のアイデンティティーを失いかける。千尋を助ける美少年ハクも名前を奪われている。

 名前は記号ではない。その名前を生きる中で、名前は人格と不可分になってゆく。他者から見えるあなたも、あなた自身にとってのあなたも、その名に焦点を結ぶ。歴史を振り返れば、植民地朝鮮に対して日本がした創氏改名や、沖縄の人を本土風の名前に変えさせた改姓改名運動は、実に罪深いことだった。

建物外壁の表示も「辰巳商会」に変わっている(谷合佳代子さん撮影)

 組織体にとってはどうだろうか。例えば、コーポレート・アイデンティティーといって、社名変更などは比較的簡単になされているように見える。その結果、なんの会社か分からなくなっているケースもある。組織にとっては、コストもリスクも伴う。だが、それは組織体が自ら決定したことだ。

 コーポレート・アイデンティティーは、企業の内容やイメージを向上・浸透させるためのチャレンジである。大阪市立中央図書館の場合は、これとは逆に見える。市民の知の拠点ともいうべき自治体図書館のイメージが消されてしまった。

 鎌倉市が2013年、「由比ガ浜」「材木座」「腰越」の3つの海水浴場のネーミングライツを売り出したとき、鳩サブレーの豊島屋が10年間、計1億2千万円で買った。豊島屋はそれぞれを「由比ガ浜海水浴場」、「材木座海水浴場」、「腰越海水浴場」と名づけた。つまり、市民が慣れ親しんだ名をそのまま残した。「鳩サブレー海水浴場」にはしなかった。賞賛を浴びたのは言うまでもない。

 大阪日日新聞(ウェブ版)によると、辰巳商会と大阪市立中央図書館の協定締結式は9月18日。三木信夫・中央図書館長は「図書館がさらに注目され、来館者の増加や魅力向上をすると共に辰巳商会の知名度が上がるなど、“ウィンウィン”の関係を願う」と語ったという。図書館の職員たちは、どんな気持ちでその名を名乗っているのだろう。

 「辰巳商会中央図書館」のことを教えてくれたのは、大阪・天満橋駅近くにある専門図書館の館長、谷合佳代子さんである。労働運動や社会運動の資料を大量に所蔵する館の正式名称は「大阪産業労働資料館」だが、みな「エル・ライブラリー」と呼ぶ。エルはLabor(労働)の頭文字。2008年、当時の橋下徹・大阪府知事の「行革」によって、廃館寸前となったが、市民の支持を得て、ぎりぎりのやりくりをしながら11年間、存続している。

 谷合さんに「『エル・ライブラリー』という名前を売りますか?」と聞いたら言下に否定された。「考えられません。文化施設の名前はネーミングライツという形で売るべきではありません」。そしてすぐに、ユーモアを忘れぬ人らしく付け加えた。「1億円くれるんだったら売りますよ~」

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