求刑7年に不満…「籠池夫妻」分岐点は2017年3月24日だった

©株式会社光文社

10月31日、小学校建設をめぐり、国や大阪府などの補助金約1億7000万円をだまし取ったとして、詐欺などの罪に問われている学校法人「森友学園」の前理事長、籠池泰典被告と妻・諄子被告が、都内の外国人特派員協会で会見を開いた。

2人は、30日に大阪地裁で開かれた論告求刑公判で、検察側からそれぞれ懲役7年を求刑されている。

冒頭で、籠池氏は30日の公判に触れ、「びっくりすることに、私はともかくとして、家内までが求刑7年。本来冤罪で、無罪の家内がどうしてそんな判決を受けたのかと言えば、安倍昭恵夫人と親しかったことが大きな要因になっている」と口火を切った。

籠池氏は、小学校開設を応援して100万円の寄付を「安倍晋三からです」と昭恵夫人から言われたと、これまでの主張を繰り返した。

安倍首相については、「国会で質問され、最初は『対応している』と言っていたが、途中から方針を変え、私たちをトカゲのしっぽを切るかのごとく捨てたわけであります。そして私たち夫婦、特に家内がいろんなことをしゃべってしまうと、急遽検察が、多少不正なところがあった補助金のところに入ってきて、300日も拘束した」と批判した。

途中、籠池氏は、森友学園問題と並んで問題とされていた加計学園について言及し、「私は首相に対する反逆をしたことで断罪されている。はいはい、そうですかと黙っていれば、加計学園みたいになっていたでしょう。なぜ、それができなかったか。私が教育者だからです」と語った。

報道陣から、「もしあの場面、自分がこういうふうに行動していたら、念願である小学校を設立することができたな、という分岐点はどこだったのか」と聞かれると、籠池氏は間髪入れずに答えた。

「平成29年3月24日、安倍事務所の秘書から連絡があった。『安倍首相夫人の名誉校長の名前を外してほしい』、このときでしょう。安倍首相夫人の冠を外すことができれば、あとは何なりとも対応いたしましょう、という言質が奥に隠されておったと認識します。

その後もいろんな波は来たんですけども、重要なポイントはそこでしょうね……」(籠池氏)