忘れ去られたコンゴのエボラ熱流行地 携帯電話の材料で紛争、世界最悪の危機 

エボラ出血熱の治療センターで治療を受ける62歳の女性。半日後に亡くなった。後方では、免疫がある元患者が防護服を着ず女性の世話をしている=9月、コンゴ東部ベニ(中野智明氏撮影、共同)

 熱帯特有の蒸し暑さの中、3人の医師が黄色い防護服とゴーグル、手袋で全身を隙間なく覆った。透明のビニール素材でできた約4メートル四方の隔離病室に、慎重な足取りで入っていく。ベッドには、目を閉じ口を大きく開けたままの女性(62)が横たわっている。「この患者は助からない」。病室の外で見ていた看護師が、そっと首を横に振った。その言葉通り、女性は微動だにせず半日後に息を引き取った。 

 昨年8月からエボラ出血熱が流行し、2100人以上が死亡したコンゴ(旧ザイール)東部の主要都市ベニとブテンボで取材した。現地ではダイヤモンドや金、携帯電話に使われるタンタルなど豊富な鉱物を目当てに紛争が続き、エボラ熱の流行前から「世界最悪規模の人道危機」が起きている。コンゴ情勢は日本をはじめ世界中の人々と無縁ではない。だが、国際世論は一向に高まらない。 

 新規感染者は減り流行も都市部から山間部へ移りつつあるが、劣悪な治安や住民の不信感で医療活動が妨げられ、終息にはしばらく時間がかかりそうだ。(共同通信=中檜理) 

 ▽死は日常 の一部

 床のバケツに赤茶色に濁った患者の尿がたまっている。9月中旬、国際非政府組織(NGO)アリマが運営するベニの治療センター。「ピ、ピ、ピ」と心拍数を記録する乾いた機械音が周囲に響く。女性が死亡した翌日には、2歳児が息絶えた。ベニだけで昨年8月以降、450人以上が亡くなり、死は日常の一部となっている。

エボラ出血熱の治療センターで、柵越しに取材に応じる患者のマシカ・マスタキさん(中央)=9月、コンゴ東部ベニ(中野智明氏撮影、共同)

  「生後7カ月の娘が死んだ」。女性患者マシカ・マスタキさん(26)が、柵で隔離された区画でいすに深く腰掛けながら語った。筆者との距離は約3メートル。声は弱々しく聞き取りづらいが、ゆっくり歩けるまで回復したという。

  娘のカインドちゃんは、地元の病院で同室のエボラ熱患者から感染した。1週間後にぐったりし始め、体中から出血し亡くなった。エボラ熱は空気感染しないが、直接皮膚や体液に触るとうつる恐れがある。素手で看病していたマスタキさんも発症し、高熱や悪寒に苦しんだ。入院から約3週間がたち「夫や(残された)子ども2人に早く会いたい」と声を振り絞った。

  流行を長引かせる一因となっているのが、紛争による治安の悪化だ。

  ▽PKO部隊基地の隣接地区でも襲撃

  「武装勢力の兵士がいる」。運転手が目を向ける先に、銃やロケットランチャーを携え、バイク2台に分乗した若者5~6人が見えた。おのおのが私服や迷彩服を着て、統一感がない。ベニ郊外の山道を車で移動中の出来事だ。事前にNGO幹部から「この勢力は市民を襲わない」と聞いていたが、ここが紛争地であることをいや応なく認識させられる。

  エボラ熱の流行地域以外も合わせると、コンゴ東部一帯には100以上の武装勢力が乱立しているとされ、市民を殺りくする勢力もある。信ぴょう性は不明だが、ベニ周辺で襲撃を繰り返す武装勢力に対し過激派組織「イスラム国」(IS)が資金提供したとの疑惑も浮上している。

  ベニ中心部からわずか2キロほどのバドリテ地区。光が差し込まずじめじめした土壁の家で、農家の男性アンセルメ・モンベレさん(35)が「10カ月ほど前の夕方、武装した男らが歌い叫びながら家々を襲った。親戚の7歳と8歳のきょうだいが首を切られ殺された」と証言した。この地区は、国連平和維持活動(PKO)部隊の基地に隣接している。だが、別の住民は「何度も攻撃され、治安は最悪だ」と訴える。

  コンゴ東部では1998年に内戦が始まり、鉱物利権が絡んで国際紛争に発展、数百万人が死亡した。2003年に終結した後も、鉱山を奪い合う戦闘が続く。膨大な資源収益の多くは国庫に納められず、コンゴ政府高官や外国企業に流れ闇に消えている。

  医療などの行政機能はほとんど存在せず、まともな病院はない。エボラ熱の流行が始まった当初に患者を治療し、自身も感染した医師カクレムツンガ・モリセさん(36)は「病院に手袋がなく、血まみれの患者を素手で触っていた。同僚の看護師は死んだ。どこの病院も似たような状況だ」と淡々と語る。

コンゴ・ベニ

  東部で紛争による性暴力被害者の治療に尽力し、昨年ノーベル平和賞を受賞した産婦人科医デニ・ムクウェゲ氏は、授賞式でコンゴについてこう表現した。「地球上で最も(資源が)豊かな国の一つだが、国民は最も貧しい」

  起伏に富む山間部にはみずみずしい緑色の木々が生い茂り、息をのむほどの美しさだ。豊かな自然と、ひっそりと消えていく無数の命―。そのギャップに打ちのめされる。

  ▽初期症状に効く薬はあるのに

  「エボラウイルスは、われわれを殺すための政府の陰謀だ」「外国人が金もうけのためにウイルスを持ち込んだ」。ベニから車で約1時間半の街ブテンボ。幹線道路脇に立っていた私の周りに通り掛かりの若者50人ほどが集まり、口々にまくし立てた。

  開発から取り残されたコンゴ東部の住民は政府や外国人に批判的で、流言が飛び交う。武装勢力だけでなく、住民自らがNGOを襲撃する事件も頻発。車に石を投げつけられ、死傷した医療従事者は多い。

  米国立衛生研究所(NIH)などは8月、新薬で患者の約9割が生存したとの研究結果を発表した。致死率が高いエボラ熱は「治る病」になりつつある。だが、この薬剤は初期症状に有効だ。紛争や住民の抵抗で早期に治療センターへ来る人は限られ、医師たちは「新薬は流行終息の打開策にならない」と口をそろえる。

  ▽エボラ熱は氷山の一角

  コンゴでは、エボラ熱だけでなくマラリアやコレラで命を落とす人も多い。特にはしかの流行が深刻で、1月以降、コンゴ全州で20万人以上が感染し、死者はエボラ熱を上回る4千人に達した。東部で猛威を振るう恐れも捨てきれない。政府がまともに機能していないこの国で、エボラ熱は住民を苦しめる〝氷山の一角〟にすぎない。

  国境なき医師団(MSF)で世界各地の緊急案件を統括する緊急対応デスクマネジャー、グウェノラ・セロウさんがベニで取材に応じ、訴えた。

  「もとから保健システムがもろい中、エボラ熱の流行であらゆる(人的、物的)資源がエボラ対応に割かれている。でも、他の病気のことも忘れてはいけない」

コンゴ東部の主要都市ブテンボ中心部。街中に活気があるが、郊外では武装勢力が台頭し治安は悪い=9月(中野智明氏撮影、共同)

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