明らかに憲法違反の検閲ではないか 三重・伊勢市展、慰安婦像含む作品が展示不許可に

By 竹田昌弘

 三重県伊勢市と市教育委員会が市美術展覧会(市展)で、慰安婦をイメージした像の写真を使った作品の展示を不許可としたのは、明らかに憲法違反の検閲ではないか。あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の一時中止や川崎市の「KAWASAKIしんゆり映画祭」での「主戦場」上映見送りに続き、まさに「表現の不自由」が横行している。(共同通信編集委員=竹田昌弘)

三重県伊勢市の市展で展示が不許可となった作品「私は誰ですか」を手にする制作者の花井利彦さん=10月31日、伊勢市

 「表現がどんどん萎縮してしまう」

 展示が不許可となったのは、伊勢市在住のグラフィックデザイナー、花井利彦さんの「私は誰ですか」と題するポスター。黒の背景に赤く塗られた手が描かれ、左上に慰安婦をイメージした像の写真がコラージュされている。 

 市のホームページによると、市展は10月29日~11月3日、シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢(市観光文化会館)で開催。平面造形、立体造形・工芸、写真、書、グラフィックデザインの5部門で、審査の結果、入賞および入選した作品や審査委員、運営委員の作品などが展示されている。 

記者の取材に応じる三重県伊勢市の鈴木健一市長=10月31日、伊勢市役所

 市教委によると、運営委員を務める花井さんの「私は誰ですか」は市民の安全を損なう恐れがあるなどとして、市教委が展示不許可を決め、10月28日に本人へ連絡した。花井さんは像の写真に黒いテープを貼るなどして修正した作品の展示を求めたが、主催者側が作品の改変に関わるべきではないとして、30日に再度、展示しない方針を伝えた。

 花井さんは共同通信の取材に「市による検閲行為で非常に残念。表現がどんどん萎縮してしまう」と話している。鈴木健一市長は31日、市役所に集まった記者たちに「安全な運営が第一の役割と考えた上での判断。作品の芸術性には全く関与していない」と述べた。 

表現の自由、法律によってもみだりに制限できない

 憲法21条1項に定められている表現の自由は「国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によってもみだりに制限することはできない」(1974年11月6日の最高裁大法廷判決)とされている。例外は損害賠償責任を負う民法の不法行為や刑法の脅迫、威力業務妨害、名誉毀損(きそん)の罪に当たる表現活動、公共の福祉に基づく規制を受ける性表現などだけだ。伊勢市と市教委は法律でもみだりに制限できない、とりわけ重要な基本的人権をいともたやすく侵害しているのではないか。

  表現の自由と表裏一体の「知る権利」についても、最高裁は「(個人の)思想および人格を形成、発展させ、社会生活の中にこれを反映させていく上において欠くことのできないもの」(89年3月8日の大法廷判決)とその重要な価値を認めている。作品の展示を不許可にすることは、受け手の知る権利(この場合は作品を鑑賞する権利)も侵害している。

  また憲法21条2項で禁止されている検閲は「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部または一部の発表禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止すること」(84年12月12日の最高裁大法廷判決)と定義され、最高裁はこの判決で、憲法に検閲の禁止規定があるのは「公共の福祉を理由とする例外の許容をも認めない趣旨」との解釈を示している。 

 憲法違反の検閲ではないかと指摘しているのは、行政権の一つである市教委が主体となって、花井さんの思想内容を示した表現物を対象とし、発表禁止を目的として、発表前にその内容を審査した上、不適当として発表を禁止したからだ。最高裁の定義通りではないか。 

市教委、根拠となる条例や要綱答えず

 きわめて例外的に、表現行為を事前に規制するときは「表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる」(86年6月11日の最高裁大法廷判決)という判断基準がある。今回の市展を担当する伊勢市教委文化振興課は共同通信の取材に対し、展示不許可の根拠となる条例や要綱を回答せず、「あいちトリエンナーレのような混乱が生じないように、弁護士と相談して決めた」と説明する。事前規制のための厳格かつ明確な要件はおろか、展示不許可という行政処分の根拠となる条例などもないようだ。 

 さらに展示不許可の理由として「安全な運営」を挙げているが、ニコンサロンで予定していた元慰安婦の写真展に対し、脅迫や抗議が相次いだため、ニコンが写真展を中止したことを巡る損害賠償訴訟の東京地裁判決(2015年12月25日)では、安全や混乱を理由に中止するときの枠組みが次のように示されている。「(当事者が)誠実に協議した上、互いに協力し、警察当局にも支援を要請するなどして、混乱の防止に必要な措置を取り(写真展の開催という)契約の目的の実現に向けた努力を尽くすべきであり、そのような努力を尽くしてもなお重大な危険を回避できない場合にのみ、一方的な履行拒絶もやむを得ない」。この裁判はニコンの敗訴が確定した。 

展示が再開された「表現の不自由展・その後」の会場で、議論する観客ら。奥は慰安婦をイメージした「平和の少女像」=10月11日、名古屋市(代表撮影)

短時間でも展示してほしい

 伊勢市や市教委は展示の実現に向けて何か努力したのだろうか。地方自治体としては、あまりにも表現の自由と検閲禁止、積み上げられてきた司法判断を理解していないようだ。それらをしっかり確認し、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」が再開されるまでの経過なども参考にして、花井さんの作品を短時間でも展示してほしい。

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