立ち後れる日本の台風観測、衛星技術の限界

「人工制御」へ進む研究

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台風19号による大雨で増水し氾濫した千曲川。中央左は決壊した堤防=2019年10月13日、長野市穂保(共同通信社ヘリから)

 台風19号(ハギビス)は、東日本を中心に大きな被害をもたらした。地球温暖化に伴い“凶暴”な台風の襲来は今後も増えるとみられている。

 名古屋大学宇宙地球環境研究所の坪木和久教授(気象学)は、従来の衛星を活用した日本の観測方法には限界があり、19号のような大型台風では正確な予測が難しいと指摘する。観測に航空機を活用する米国などに大きく立ち後れているとして、早期導入を提唱している。

 その先に、台風の人工制御も夢ではないと語る。坪木教授に寄稿してもらった。

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 日本が位置する北太平洋西部は、地球上で最も暖かい海が広がり、台風という熱帯低気圧が最も多く発生する領域である。熱帯低気圧には北太平洋東部や北大西洋で発生するハリケーンと、インド洋や南太平洋で発生するサイクロンもあるが、台風は地球上最強の熱帯低気圧である。

 すなわち日本はその地理的位置から熱帯低気圧の影響を最も受ける運命にある。さらに、多くの研究は、地球温暖化の進行とともに台風の最大強度は増大し、スーパー台風などの非常に強いカテゴリーの台風の頻度が増えることを示している。

 実際、2017年の21号、18年の21号と24号、そして19年の15号と19号が日本に甚大な災害をもたらし、そのことを暗示した。台風は日本における風水害の最大の原因なのである。

 2019年の台風19号は国際名をハギビスという。台風に固有の名前がついているのは、災害の記憶を残すためである。台風ハギビスは未曾有の洪水災害を関東地方から東北地方の広い範囲に発生させ、それによる死者・行方不明者は、現在分かっているだけで90人を超えた。

 一つの台風では04年の23号による98人、11年12号による98人の犠牲者という災害があり、近年、7~8年に一度の割合でこのような大規模な人的災害が発生している。

■日本列島周辺に形成される水蒸気の河、アマゾン川の数倍の流量

 ハギビスの特徴は、その発達時に1日で77ヘクトパスカルも中心気圧が低下するというきわめて大きな「急速強化」をしたこと、その結果、915ヘクトパスカルというきわめて強い台風になったこと、その最大強度が北上しつつも3日間にわたって維持されたこと、さらに台風の大きさが「大型」で、秋台風にもかかわらずその中心付近に非常に多くの水蒸気を保持していたことである。

 ハギビスは関東地方に上陸した台風としては、記録の残る過去69年間で最大強度クラスであり、1958年に上陸した狩野川台風を超えるほどであった。

 ハギビスは移動のスピードが比較的速かったにもかかわらず、関東から東北の広域に長時間強い雨をもたらした。台風本体が保持していた水蒸気の総量が大きかったことに加えて、台風の北東側に水蒸気の多い領域が広がっていたことがその原因と考えられる。

 この領域には台風の東側に形成された水蒸気帯が熱帯から多量の水蒸気を運び込んでいた(図参照)。これは中緯度の温帯低気圧に伴って形成される「大気の河」と同様のもので、世界最大流量のアマゾン川の数倍の“水”が流れていた。今回のハギビスに伴う水蒸気帯も大気の河と呼んでよいだろう。

名古屋大学宇宙地球環境研究所の予報実験から計算した2019年10月11日午後9時の総水蒸気量分布(カラー)と水蒸気流量(矢印)。紀伊半島の南に台風ハギビスの中心があり、その東側、東経144度付近に南北に延びる大気の河(帯状の赤色帯)が再現されている

 台風ハギビスの降水が広域で長時間持続したのは、この大気の河が原因と推測される。厄介なのは、この大気の河は時空間変動が非常に大きく、しかも水蒸気という“見えない水”の流れである点だ。

■米国や台湾に大きく遅れる日本の台風観測、衛星技術の限界

 台風防災において、進路、強度、雨量の予測が最も重要である。その高精度化のためには台風の強度やその周辺の大気状態を正確に測定することが不可欠である。気象庁をはじめとする世界の気象予報機関では、台風の中心気圧などの強度を衛星で観測される台風の雲パターンから推測している。

 この方法では、中程度の台風強度は比較的精度よく推定できるが、ハギビスのような強い台風になると誤差が大きくなる。また、近年の衛星観測技術の発達により、大気の河のような水蒸気の水平分布は宇宙から観測できるようになってきた。

 しかし大気の安定度に直接関係する水蒸気の鉛直分布、特に大気下層の相対湿度を5%の精度で観測することはできない。これらの問題を解決するためには、台風の中心気圧や水蒸気の航空機による直接観測が不可欠である。

 現在、世界ではハリケーンに対して米国が、台風に対しては台湾が航空機観測を実施している。

 日本には毎年平均11個の台風が接近し、平均2~3個が上陸し、毎年のように災害をもたらしている。それにもかかわらず日本は現業観測として台風の航空機観測を行っておらず、米国や台湾に大きく立ち後れている。

 もし日本に接近するすべての台風について航空機観測ができるようになれば、台風防災に大きく寄与することは間違いなく、観測用航空機の早急な導入が望まれる。もし台風ハギビスが接近していたときに航空機観測があれば、より正確な台風の強度変化を知ることができただけでなく、雨量をより精度よく予測できただろう。

 2017年から名古屋大学、琉球大学、気象庁気象研究所の研究グループは、航空機を用いた台風の直接観測を開始した。また、大気の河の観測も計画している。

 これらは実験的な観測で1回のフライトに約1千万円かかるので、各年に1つの台風の観測が限界である。この経費は高額のように思われるが、例えば18年の台風21号の被害額が数兆円であったことを考えると、航空機観測は十分コストに見合うのである。

 より正確な台風の予測ができれば、事前に対策を立てることができ、効果的な防災が可能になる。また、適切な避難につながることで、少なくとも人的被害を限りなくゼロに近づけることが可能である。

 現実的なことを考えると、現在の日本で航空機を用いた現業観測が可能な組織は、航空自衛隊だけではないだろうか。ハギビスの場合もそうであるが、災害後に派遣される自衛隊の皆様のご活躍にはほんとうに頭が下がる。

 台風は我が国に毎年大災害をもたらすことは明らかなのだから、台風の接近時、発災前にも活躍していただくことは、きわめて大きな国防上の意義があると思う。

台風19号の影響による大雨で押し流された車が残る宮城県丸森町=2019年10月21日

 名古屋大学東山キャンパスは、航空自衛隊のある県営名古屋空港の航空機進入路の近くにあり、しばしば自衛隊機が次々と着陸する様子が見られる。そのうちの1機でも台風観測に使用できれば、今後10~20年の台風に対する日本の“防衛力”は格段に進歩する。

■台風の人工制御は夢ではない、将来は進路変更も可能に

 このような有人航空機による台風観測の先には、無人航空機による観測が期待される。将来は無人航空機が太平洋上の台風を常に監視し、必要に応じて台風観測を実施する。

 そのデータがリアルタイムで高精度の数値予報モデルに取り込まれ、台風の進路だけでなく、強度についても精度の非常に高い予報が出されるようになる。予報は3日。大都市における大規模避難も十分可能なリードタイムである。それによって日本を含む東アジア地域では、誰一人として台風の犠牲にならない世界が実現している―。

 30年後、この夢が現実のものとなることを期待して、私たちは台風の航空機観測を行っている。

 さらにその先には台風の人工制御がある。台風の研究をしていると、台風を消したり、進路を変えたりできないのかという意見をしばしばいただく。いかに自然現象とはいえ、これほどの大災害を毎年のようにもたらす台風を、なんとかもう少し勢力を弱めたり、直撃を避けたりできないものかと誰もが思う。

 私は台風の人工制御は原理的には可能であると考えている。その詳細をここで述べる余裕はないが、台風というのは実は非常にデリケートで、ちょっとした環境や構造の変化に対して敏感に強度や進路が変化する。

 ただし、原理的に可能ということと実現できるということの間には天と地ほどの違いがあり、解決しなければならない課題は山のようにある。有人航空機、さらに無人航空機による台風観測の先には、台風制御が現実になる未来が必ず来るだろう。(名古屋大学宇宙地球環境研究所・教授=坪木和久、気象学)