ラグビー日本代表・前HCはなぜイングランドをW杯決勝まで導けたのか

9月20日の開幕戦から日本中を大いに沸かせているラグビーのワールドカップ(W杯)は11月2日、横浜国際総合競技場で決勝戦が行われて44日間にわたる戦いの幕を閉じます。

決勝戦はイングランド対南アフリカというW杯優勝経験のある強豪国どうしの激突。イングランドは2003年大会以来、2度目の優勝を狙います。一方、南アフリカが勝利すれば、1995年、2007年大会に次ぐ3度目の制覇。優勝杯である「ウェブ・エリス・カップ」を獲得するのはどちらのチームでしょうか。


エディーvs.南ア、因縁の対決

両者の対決で注目を集めそうなのが、イングランド代表を率いるエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)の采配です。前回2015年のイングランド大会ではHCとして日本代表を率い、南アを撃破。「ジャイアント・キリング」を成し遂げました。それだけに、南アとは因縁の対決ともいえるでしょう。

指導力には定評のあるジョーンズ氏。日本代表が今大会で史上初の8強入りを果たしたのも、ジェイミー・ジョセフ現HCだけでなく、ジョーンズ前HCが残した功績も大きかったように思います。

ジョーンズ氏が日本代表HC就任時に取り組んだのは、選手の意識改革。所属チームを最優先する内向きな思考を捨て去り、代表チームを重視することを各選手に求めました。一方、練習では長期間の合宿などを通じて日本代表を徹底的に鍛え上げましたが、大事なのは“時間の長さ”よりも“中身”でした。

彼の眼から見ると、日本のラグビーの練習には理解しがたいメニューも少なくなかったようです。その1つが「ランパス」。3人あるいは4人一組でパスをつなぎながら、グラウンドの自陣ゴールラインから敵陣ゴールラインまで約100メートルの距離を全力疾走するというものです。

「ランパス」といえば、きつい練習。日本の高校や大学でラグビー部に入っていた人の多くはおそらく、「ランパス」という言葉を聞いただけで「二度とやりたくない」と拒絶反応を示すのではないでしょうか。

強いチームと弱いチームの大きな違い

ジョーンズ氏に以前インタビューした時、「強いチームと弱いチームの大きな違いは?」との問いに対して、「勝ちたい」と思う気持ちに加えて、「“有意義な練習を重ねた”という自信があるかどうかだ」と答えていました。実際の試合の場面を想定していないランパスのような練習は意味がない、というわけです。

「毎日、3~4時間もラグビーの練習をすることには大反対。1回の練習はせいぜい1時間半で十分だと思う」とも話していました。大学時代に強豪チームでプレーしていた筆者のラグビー仲間は毎日、8時間練習していたといいます。彼は「時間が長すぎると“やらされている”という感覚が強まるだけで、何も考えることをしなくなった」と大学時代を振り返ります。

以前、放映された日本のテレビ番組で、ジョーンズ氏が東京の強豪高校を指導する様子が取り上げられていました。そこに映し出されていたのは、他の選手と緊密なコミュニケーションをしながら、適切な状況判断を下すことの重要性を説く彼の姿。「ラグビーの試合は状況判断の連続。それを鍛えないといけない」。こう力説していました。

今大会の日本代表の戦いでは、瞬時の的確なプレーの選択がトライにつながる場面も目立ちました。まさに「ジョーンズ氏の時代にまいた種が花を咲かせ、ジョセフHCの体制下で満開になった」といえるのではないでしょうか。

<写真:長田洋平/アフロスポーツ>

ラグビー母国の代表選手もゾッコン

自著に「選手の能力を強化しようと思えば、一人ひとりの性格をよく理解しなければならない」と綴っていたジョーンズ氏。日本代表のHC時代にはほめたたえたり、時には逆に突き放したりするなど、各選手の個性に合わせ対応を変えていました。「桜の戦士」を「戦う集団」へ変えた人心掌握術は、イングランド代表のメンバーの心も捉えたようです。

記者会見に臨むイングランド代表のジョーンズHC(左)とオーウェン・ファレル主将

W杯期間中、イングランド代表をフォローしている記者によれば、チームのメンバーには「“エディー信者”が少なくない」といいます。ナンバーエイトのビリー・ヴニポラ選手はその一人です。

2011、2015年とW杯を連覇していたニュージーランドのオールブラックスとの準決勝を控えた同選手は、「エディーよりも多くニュージーランドに勝ったコーチを知らない」などとジョーンズHCに絶対の信頼を置いていました。

タックルの強さや豊富な運動量が売りのフランカー、サム・アンダーヒル選手も南アとの決勝戦の前日、「エディーは素晴らしいHCだ。選手のために何事も単純かつ容易にする。過度に複雑化することがない」と、ジョーンズ氏の手腕を高く評価していました。

ビジネスパーソンが学ぶべき点は?

選手にハードな練習を課すのは、日本代表のHC時代と同じのようです。それでも、南アとの決勝に右ウィングで先発するアンソニー・ワトソン選手は10月31日の会見で、「トレーニングはいつも通りにタフだったが、必要なものが得られる内容だった」などと密度の濃さを強調していました。

ジョーンズ氏以前の日本ラグビーが練習時間の長さを重視する一方で選手各自の判断力を高める練習が軽視されがちだった状況は、ともすれば日本企業における旧来的な働き方と通じるところがあるかもしれません。主要国に比べて出遅れているとされる労働生産性の向上が叫ばれる中、日本のビジネスパーソンがジョーンズ氏から学ぶべき点は多そうです。

母国のオーストラリア代表を率いた2003年のW杯では準優勝。ウェブ・エリス・カップにあと一歩、届きませんでした。超満員が予想される横浜のスタンドで、いったいどのような「エディー・マジック」を披露するのでしょうか。

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