収入が減っても幸福度は上がる タイ移住を選ぶ日本人の理想と現実

多くの日本人は誤解しています。海外移住は富裕層だけの特権だと。それは違います。いま海外で暮らしている日本人135万人の大多数は、富裕層ではないごく普通の一般人。その大半が「働くこと」によってビザを得ています。就労ビザを取得して、長期滞在しているのです。

海外移住というのは、相手国に(観光ではなく)住むことが可能なビザを手に入れること。現地の方と結婚して配偶者ビザを持っている人や、留学ビザの人もいますが、大多数はやはり就職先を見つけ、職場を通してビザを取得しています。海外移住というのはつまり、海外で働くということなのです。


この10年で急増している「タイ現地採用」

この「働き方」に大きな変化が現れてきています。とくにここ10年ほどでしょうか。

従来、海外で働くといえば大企業の駐在員がほとんどでした。しかしいまでは、ごくふつうの中小零細企業や個人までもが、海を越えてビジネスチャンスを求める時代になっているのです。とくにアジアでその流れは加速しています。日本の企業が大小合わせて乱立し、在住日本人が行き交う。それがいまのアジアの大都市です。

そこには、職を求めてやってくる日本人もたくさんいます。彼らは現地で就職活動をし、現地で職を得て、暮らしていくことから「現地採用」と呼ばれています。働いているのはおもに、進出してきた日本の企業群。

その数が右肩上がりに増えているのです。

タイ・バンコクには巨大な日本人社会があり、数万の同胞が働き、暮らしている

アジアでもとくに現地採用が多いタイでは、この10数年で在住日本人の数がおよそ3倍に増えました。2002年は約2万5,000人でしたが、2018年は7万2,000人へと増加しています(在タイ日本大使館による)。

このうちかなりの部分が、現地採用者ではないかと見られています。現地採用という枠組みの中で、就労ビザを取り、タイで働いて、タイに納税をし、暮らしている。そんな日本人が恐らく数万人単位で存在するのです。

彼らは日本社会のレールを思いっきり外れて、アウトローな生き方をしているようでいて、けっこう楽しく日々を過ごしているようにも見えます。「日本にいたときは重い荷物を乗せられているようだった。いまは身も心も軽い」なんて笑う人もいます。

どうしてそう思えるのか。なぜタイ現地採用が増えているのか。

どんな仕事があるのか、語学力やスキルはどのくらい必要なのか、ステップアップ、キャリア形成は可能なのか……そんなことを「マネー」の視点を絡めつつ紹介していきたいと思います。

5万バーツは高いか安いか

さて、タイ現地採用は、タイ政府によって最低給与が定められています。その額は、月5万バーツ(約17万5,000円)。これを、なかなかいいと思うか、安いと思うか。

例えばタイ名物の屋台で、日本でも人気のカオマンガイやガパオごはんを食べたとすると、50バーツ(約177円)ほど。首都バンコクを走るBTSという高架鉄道は初乗り16バーツ(約56円)。そのBTS駅から徒歩圏内のワンルームマンションは、安いところだと5000~7000バーツ(約17,700円~24,700円)くらいでしょうか。

物価の差があるぶん、5万バーツというのは、けっこう使い出があるのです。日本で17万円の収入というとちょっと厳しさを感じますが、タイで5万バーツならかなり裕福な部類に入るでしょう。バンコクの一般職の事務で1万5000~2万バーツ(約5万2,500円~7万円)なので、その倍以上を得て生活することになります。

一方で、タイは日本以上の格差社会でもあります。

5万バーツをはるかに越えて稼ぐタイ人はどんどん増えています。彼らは299バーツ(約1,046円)の和食やイタリアンのランチをごく当たり前に食べ、100万バーツ(約350万円)以上する新車を乗り回し、楽しみは日本に旅行へ行くこと。

そして同じ在住日本人でも、駐在員ははるかにリッチな暮らしをしています。ワンルームどころか宮殿のような高級マンションに住み、企業によっては運転手つきの社用車も用意してくれる。そして当たり前ですが給与は日本基準、加えて手厚い海外赴任手当てが加算され、駐在している間にひと財産つくる人も多いのです。昨今どんどん増えている中小企業の場合はそこまでの待遇でもないのですが、だとしても現地採用よりはずっといい。

上を見ると、どうしても悔しさやコンプレックスを感じてしまう。それはタイ現地採用の現実です。

収入よりも「ゆるさ」

ですが、それでもなお、タイで現地採用にチャレンジしようという人が増えています。最大の魅力はやはり「そこが日本ではないこと」でしょう。

働く会社は日本企業でも、流れる空気はゆるい東南アジアなのです。サービス残業もパワハラもない(たまに聞きますが日本よりは圧倒的に少ない)。同調圧力のない、好き勝手に生きられる社会。タイ人たちのつくりだす、「細かいことは気にしなくてもいい」という雰囲気が、そこには満ち満ちています。

日本で「社蓄」としてコキ使われ、激務に疲れ果てていたけれど、タイに来てやっと人として生きられる場を見つけた……そんな人もけっこういるのです。給料は日本にいたときよりだいぶ下がったけれど、毎日とりあえず楽しく過ごせている。現地採用者のかなりの部分がそんなことを言います。

そしてうまくステップアップし、さらにいい待遇を得ていく現地採用者もまた増えています。10万バーツ(約35万円)の給料を得ている人、日本基準の給料に切り替わった人、現地法人の社長に抜擢された人……。がんばり次第ではどんどん職場を移り変わり、登っていける流動性がタイにはあります。

日本で耐え難いストレスに苦しんでいるならアジアで現地採用という選択肢もありかもしれない

日本のようなギスギス感がない、おおらかで明るい楽園か。日本社会に適応できない人の逃げ場所なのか。どちらに映るかは、本人の心の持ちようかもしれません。そんな現地採用について、次回からさらに詳しく解説していきます。

※1バーツ=3.5円として計算。

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