表現の自由の勝利 「主戦場」に長い列 しんゆり映画祭

映画祭での「主戦場」上映を前にあいさつするミキ・デザキ監督=麻生区

 川崎市が懸念を伝え、一度は上映中止が決まった慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画「主戦場」が4日、川崎市麻生区で開催中の「KAWASAKIしんゆり映画祭」で上映された。観覧希望者の抽選に長い列ができた。「選んだ映画は正しかった」「表現の自由の大勝利」。批判と激励が後押しした中止撤回の先に、主催者と映画関係者、市民の輪がつながり、広がった。

 113座席に対して配った整理券は425人分。藤沢市から足を運んだ仲田恵子さん(77)は抽選に外れたものの「これだけ多くの人が思いを寄せて行動したことが分かっただけで良かった」と笑顔で会場を後にした。スタッフの一人も「予想以上の人数」。警備の警官の姿もかすむ活況を呈した。

 「上映したい作品を上映するのが本来の姿。中止になるのも、大ごとに映るのも異常なこと」。山梨県から見守りボランティアに駆け付けた映画監督の青柳拓さん(26)は近くの日本映画大学の卒業生。共催の川崎市が「出演者が裁判が起こしている作品を上映するのはどうか」と懸念を示し、主催者が上映を取りやめたと知り、驚いた。あいちトリエンナーレの「平和の少女像」に脅迫が相次いだことから抱いた不安が中止の理由になったが、「市民映画祭がぶれるのは仕方ない。市には懸念ではなく、サポートをしてほしかった」と話す。

 上映実現の転機は支援を申し出る市民が相次いだ公開討論会。その一人、慰安婦問題の解決を求める市民団体の木瀬慶子さん(68)は「提訴自体、加害の歴史を否定したい原告による妨害の企て。取り合わずにはねのけたのは立派」と主催者の判断をたたえた。「自主上映会を市内で開こうという声が上がっている。私たちも検討したい」。後に続き、輪を広げることが「上映すれば面倒に巻き込まれる」という萎縮の連鎖を防ぎ、妨害を封じ込める力になると信じる。

 最終日の最終公演。舞台あいさつに立ったミキ・デザキ監督は「表現の自由の大勝利。勝ち続ければトレンドになる」と力を込めた。

 主催のNPO法人「KAWASAKIアーツ」の中山周治代表は「多方面から支援が寄せられた。上映実現の最大の要因は人」。開幕直前に上映中止が報じられた10月下旬以降、「スタッフみんなで一生懸命、表現の自由と向き合った」日々を振り返った。

◆「表現の自由守る」シンポで監督力説

 「主戦場」の上映中止問題を巡り、映画祭会場近くの日本映画大学で4日、同映画の上映と公開講座、シンポジウムが開かれ、約170人の学生、市民らが参加した。

 シンポジウムに出席したミキ・デザキ監督は「上映をするなとか、映像を削除しろといった圧力、威嚇に屈するということは、戦うことなく検閲を容認するということ。政府が表現の自由を守らない時は、私たちが守っていかなければならない」と力説した。

 ジャーナリストで映画監督の綿井健陽さんは「今は政治家の圧力による検閲、助成金によるアンダーグラウンド検閲がある。今回は事なかれ検閲だ」と指摘。「極めて日本的で、何か圧力が来る前に自己検閲している」と川崎市による懸念伝達や映画祭の当初の中止判断を厳しくただした。

 映画ジャーナリストの中山治美さんはカンヌ映画祭が政治家や広告主といかに距離を保っているかに触れた上で「今後もしんゆり映画祭で起きたことは起こりうる。文化、表現の自由に対する意識がまだ日本では低い。このようなシンポジウムが必要だ」と述べた。

 シンポジウムを企画した日本映画大学の安岡卓治教授は「ドキュメンタリーは現実と地続き。ビビらないことで上映再開につながった。市民が望めば実現できる」と締めくくった。

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