自粛ムードと有頂天、全身ニューウェイヴのケラが歌う「君はGANなのだ」 1988年 11月5日 有頂天のアルバム「GAN」がリリースされた日

キーボードがメンバーにいるバンドなんてロックじゃない!とロックを聴き始めた頃、友人たちによく吹聴したものである。だから “インディーズ御三家” ならラフィンノーズやウィラードは聴くけれど、有頂天は避けていた。

九州・熊本の中学3年生だった僕は、ロック好きを自認するのであれば、ギターが主役のバンドを好きでなければカッコがつかないと思い込んでいた。ちなみに当時出入りしていたレコード屋は熊本市・上通りの先の並木坂にあった2階の WOODPECKER。懐かしいなぁ。

時は1988年。ちょうど昭和が終わりかけていて、いわゆる「自粛ムード」が世の中をおおっていた時分だ。有頂天はメジャーから一時インディーズに戻り、キャプテンレコードから同年11月に『GAN』というアルバムを発表する。帯のキャッチコピーに「フツウじゃ発禁。」とあった。少し前に起きた RCサクセションの『カバーズ』の発禁騒動に関心があった僕は、有頂天の好き嫌いはさておき、“発禁” の匂いにほだされてこの『GAN』を買ってしまった。

中学生の “思考&志向” というのは本当に恥ずかしいものです。しかも正直に言うと、なぜ普通じゃ発禁なのか、しばらくわかりませんでした…。

昭和天皇崩御前の微妙なタイミングで「♪ 君はガンなのだ もう何も怖いものはない」と軽やかに歌うこのアルバムの1曲目「君はGANなのだ」は、作詞:糸井重里、作曲:鈴木慶一による珠玉のシンセポップナンバーだ。

結論から言うと、しょっぱなからこれを聴かされて、僕はすっかり有頂天とケラのキャラクターに魅了されてしまった次第。アルバム『GAN』は全曲捨て曲なしの名盤だった。翌日には有頂天の代名詞的ヒットシングル「心の旅」を WOODPECKER に買いに走った。

それはそれは、気に入りましたよ。もうオリジナルの、チューリップ版が聴けなくなるほどに。僕の心は「ロックはギターが主役」からすっかり離れて、有頂天が影響を受けたとされるディーヴォや XTC などを漁るニューウェイヴ少年に変化。「シニカルな視点や斜に構えた姿勢にこそロックの真髄が宿る」なんて小ざかしい青二才みたいに友達に吹聴していたのでした。

時が経ち、劇作家ケラリーノ・サンドロヴィッチとして岸田國士戯曲賞や読売文学賞ほか華麗な受賞歴を誇る “大先生” になってしまったケラだが、そのなんだかよくわからないキラメキ方は当時と変わらない。

ちっとも先生的な徳の高さを感じない… というと聞こえが悪いけれど、思うにケラという人は、きわめて優れた “ニューウェイヴ的人徳” を持つ人間なのではないだろうか。ニューウェイヴが文字通りニューウェイヴだった頃の高度な素養を身に纏い、今もなお様々なフィールドでニューウェイヴ風のいかがわしい光を平然と放ち続けることができる、たいへんに稀有な人格的能力を備えているのではないかと。

いわば全身小説家ならぬ、“全身ニューウェイヴな人” なのだ。

そんなわけで、小説家のエラいセンセーになって中山美穂と結婚・離婚しフランスで暮らす辻仁成はもう応援してないけど(あくまで個人的な好みの問題)、僕にとってケラはずっと気になる存在です。

歌詞引用:
君はGANなのだ / 有頂天

※2018年4月26日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 吉井 草千里

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