ラグビーW杯の44日間は日本にどんな経済的価値をもたらしたか

アジアで初めて開催されたラグビーのワールドカップ(W杯)は、11月2日に行われた決勝で南アフリカがイングランドを下し、3度目の優勝。44日間にわたる熱戦の幕を閉じました。

翌3日の会見で国際統括団体、ワールドラグビーのビル・ボーモント会長は「最も偉大なW杯として記憶に残るだろう」と評価。「日本の人々の温かさ、ラグビーに対する情熱、苦しいときの友情を象徴していた大会だった」などと総括しました。

今大会の経済効果は4,370億円の見込みで、前回のイングランド大会の3,220億円を上回ったもようです。しかし筆者には、それ以上の“経済的価値”がこの国に生み出されたのではないか、と思われてなりません。


「ラグビーロス」に見舞われる人も

今大会のチケットの販売数は約184万枚。販売可能な座席に対する割合は99.3%に達しました。観客動員も170万人余りを記録。「キラーコンテンツ」としての魅力を存分に発揮した感があります。

大会直前の取材では、ある開催都市のボランティアから「こんなに盛り上がっていなくて大丈夫なのか」といった不安の声も上がっていました。しかし、今では大会が終わったことで、「ラグビーロス」に見舞われている人も少なくないといいます。

戦い終えた(3位決定戦後の)東京スタジアム

日本代表の活躍がファンの裾野を広げたのは明らかでしょう。連日ほぼ満員となった会場では「桜の戦士」が登場しない試合でも、おなじみとなった赤白ジャージのレプリカを身にまとった観戦客が目立ちました。

自国開催であるために国内メディアの取り上げる機会が増えたのも、多くのファンを引き付けた一因とみられます。メディアを通じてゲーム以外のラグビーの持つ魅力が世間に広く発信されたのは、ラグビー経験者である筆者にとっても望外の喜びでした。

ノーサイドの精神で広がる感動の輪

その1つが「ノーサイド」の場面です。試合中にはボールを持ったままの激しい突進や、タックルを連発していたにもかかわらず、試合が終わると一転、握手をしたり、肩をたたいたりしながら互いの健闘を称え合う姿が人々の感動を呼びました。

3位決定戦の終了後、ウェールズのフッカー、ケン・オーウェンズ選手がグラウンドに招き入れた子供を抱きながら、対戦したニュージーランドの「オールブラックス」の同じフッカー、デーン・コールズ選手としばらく談笑していたのは、なんとも微笑ましい光景でした。

敗戦チームが花道を作って勝利チームを送り出す様子に心打たれたファンも少なくなかったようです。試合後の各国代表による、観客席に向けた日本流のお辞儀も話題になりました。

岩手・釜石の鵜住居復興スタジアムで行われる予定だったカナダvs.ナミビア戦が台風19号の影響で中止となり、カナダの選手が釜石でボランティア活動に勤しんだのは、特に胸の熱くなる出来事の1つ。長く語り継がれていくことでしょう。

W杯組織委員会の嶋津昭事務総長は会見で、「ラグビーの『品位』『情熱』『結束』『規律』『尊重』という5つの価値が日本人のハートをわしづかみにした」と、大会を振り返りました。

<写真:ロイター/アフロ>

海外メディアで「おもてなし」がクローズアップ

大会期間のラグビー人気の盛り上がりには、海外メディアも大きな関心を寄せました。

W杯を取材していたラグビーの強豪国、フランスの日刊紙「ル・モンド」のフィリップ・メスメール記者は日本のテレビで大会前、ラグビーのルールなどをわかりやすく伝えるコーナーが連日にわたって組まれていたことに驚いていました。「フランスのテレビではおそらくない」(メスメール記者)。

南アフリカ国歌の練習風景

同記者は記事の中で「日本のファンは(ラグビーの)習慣をよく理解している」などと指摘。その一例として、予選プールの南アフリカと「オールブラックス」の試合前、南アフリカ代表の「レジェンド」ともいえる左プロップのテンダイ・ムタワリラ選手が紹介された際に「日本のファンが南アのファンと同じように(尊敬の念を込めた)“ビースト(野獣)”のコールを発した」ことを挙げていました。

出場国や海外からの観戦客に対する日本の「おもてなし」も、大きくクローズアップされました。準々決勝の日本vs.南アフリカ戦。会場となった東京スタジアムの入場口付近に試合前、日本ファンの人だかりができていました。近づいてみると、歌声が聞こえてきます。「ンコスィスイケレーリーアーフリカ……」。対戦相手の南アフリカ国歌の練習をしているところでした。

日本人のファンと海外からのファンが、互いのナショナル・アンセムを教え合う姿も目にしました。観戦客にとっては試合終了後だけでなく、開始前から「ノーサイド」だったのです。

訪日客の称賛はプライスレスな資産に

大会運営をサポートした約1万3,000人のボランティアも、「おもてなし」の顔といえる存在だったように思います。スタジアムへ足を運ぶ内外のファンはもとより、取材するメディアに対しても笑顔を絶やさず、懇切丁寧に対応していました。観戦を終えて帰路に就くファンとハイタッチを交わしていた姿は印象的でした。

日本政府観光局(JNTO)によれば、9月の訪日外客数は前年同月比約5%増となりました。豪州、英国、フランスなど、ラグビー強豪国からの訪日客数が軒並み大幅増加。英国からは4万9,600人と、単月ベースで過去最高を記録しました。

予選プールのスコットランドvs.アイルランド戦前にインタビューした親子3人は、娘が日本に住み、両親がW杯観戦でニュージーランドから初めての訪日。母親に日本の印象を聞くと、「ラブリー」の一言が返ってきました。ほかにも「アメイジング」「ファンタスティック」などと、外国人客からは日本への称賛が相次ぎました。

スコットランドファンの親子3人

今大会での心温まる「おもてなし」ぶりは、SNSなどを通じて海外にも広く伝わったはず。この事実は、「観光立国」を掲げる日本にとって、単純な経済効果には置き換えられない、プライスレスな資産になったのではないでしょうか。来年の東京オリンピック・パラリンビックへ向けて、インバウンドの増加に弾みがつく可能性もありそうです。

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