ジョセフの言葉に選手が抱いた葛藤と信頼

ラグビー日本代表初の8強入りも、今後試される底力

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スコットランドを破って初の8強入りを果たし、笑顔で記念写真に納まる日本フィフティーン=日産スタジアム

 初の8強入りを果たした日本代表の躍進もあって大いに湧いたラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会が2日、南アフリカの優勝で閉幕。果たしてこの国の「楕円(だえん)球界」は、いまの追い風を生かせるだろうか。

 それまでのW杯は、一部の強豪国による持ち回りのような形で実施。アジアで開かれたのは、9回目にして今回が初めてのことだ。

 国際統括団体のワールドラグビー(WR)がどれだけの商業的成功を期待していたかは、未知数だった。ところが、チケットの販売率は99・3パーセントと好調。イングランド代表と南アフリカ代表による決勝は7万103人を集め、会場となった日産スタジアム(横浜市)における歴代最多動員数記録を更新してみせた。各開催会場周辺の飲食店は、さながら欧州のパブのよう。応援する国のジャージーを着て歌い、ビールをあおる訪日客は、試合当日以外にも多く見られた。

 開幕前の課題として、大会の組織委員会とWRの連携強化が指摘されていたが、オープニングゲームのあった9月20日までには両者の協力関係の順調ぶりがはっきり表れる。スポンサーの利益を守るべくNGとされていた試合会場内への飲食物持ち込みも、ファンのニーズを踏まえて緩和。意思決定の速さが垣間見えた。

 大会の盛り上がりを加速させたのは、もちろんホームの日本代表だ。ほぼ1週間おきに試合が組まれる比較的有利なスケジューリングを差し引いても、欧州列強のアイルランド代表、スコットランド代表などのいる予選プールAで全勝した事実は世界を驚かせるに十分だった。

ラグビーW杯で3度目の優勝を果たし、ウェブ・エリス・カップを手に喜ぶコリシ主将(中央)ら南アフリカの選手たち=2日夜、横浜市の日産スタジアム

 ジェイミー・ジョセフヘッドコーチ率いる今度の代表チームは2016年秋に発足。翌17年からは日本唯一のプロクラブであるサンウルブズと連携した。

 サンウルブズは、南半球最高峰リーグの「スーパーラグビー」に挑戦している。本番で際立った長谷川慎コーチが教える一枚岩のスクラムシステムやトニー・ブラウンコーチによる変幻自在なゲームプランは、世界トップレベルのクラブと日常的に対戦できるスーパーラグビーの舞台で磨かれたのは間違いない。W杯イヤーに敢行した長期合宿と相まって、歴史的快挙の下地にもなった。

 18年にサンウルブズで主将を務めたスクラムハーフの流大は、初出場となった今度のW杯を終えてから次のように語った。

 「1、2人だけが活躍して何かが起きたわけではない、W杯期間中の選手とスタッフだけが頑張ったわけではない、ということを知っていただけたらと僕は思います」

 チームスローガンは「ONE TEAM」。これが表面的な「一致団結」を表す単語でないところに、真の妙味があった。

 結成当初は、グランド内外での規律を強化したかったリーチ・マイケル主将とオンとオフの切り替えを重んじるジョセフが議論を重ねていた。さらにチーム作りが深まってきたころにも、「起こりうる状況のシナリオを作りたい」という流の提案はことごとくジョセフに却下されたという。

 ここでの「シナリオ」とは、不測の事態への対処法に関する事前打ち合わせ。当日のレフェリングが不可解だった場合、主力がけがやイエローカードでいなくなった場合…。そんな時に自分たちはどう振る舞うべきか。備えあれば憂いなしという観点では、「シナリオ」は必要かもしれなかった。

 しかし、流はジョセフから「ラグビーではいろんなことが起きるのは当然。それに対応することこそが必要だ」と反論される。そのため「シナリオ」についての話し合いは、リーダー陣が内々におこなう程度にとどまった。

 一気に方針が変わったのは、開幕前のある事件を経てのことだった。

 オープニングゲームを翌日に控えた、9月19日。会場の味の素スタジアム(東京都調布市)でトレーニングをした際に、使用するボールの大きさや感触がそれまでの練習で使っていたそれと大きく違うことが発覚する。空気圧の違いのためか、某選手いわく「本番のものの方が長細く感じた」のだ。

 当日は一部選手の緊張も相まって、普段は見られぬミスが続出。チームは2大会ぶり出場のロシア代表に30―10で勝ったものの、ゲームを動かす選手の1人も「(ボールの大きさは)違いました。なぜかはわからないですが」と驚いたものだ。

 さらに選手が目を丸くしたのは、次戦に向けてジョセフがこんなことを口にしたからだ。

 「起こりうる状況のシナリオを作ることが大事だ」

 流はこの言葉を耳にした瞬間、過去の経緯を知る他のリーダーの視線を一気に浴びたという。

 大切なことは、チーム内での信頼関係がこの手の出来事では揺るがないほど強固だったことだ。続く28日に静岡スタジアム(静岡県袋井市)でのアイルランド代表戦では、先発とゲーム主将から外されたリーチが途中出場で活躍。19―12のスコアで「静岡の歓喜」を巻き起こした。問題のボールも、リーダー陣がスタッフへ「(試合で使うものに)近くして」と要求したことで徐々にギャップをなくしていった。流が総括する。

 「シナリオを作ることも大事ですが、シナリオにないことが起きたら選手がその場で対応するしかない。その二つ(の感覚)を合わせたのが、よかったと思います」

合宿中、ジョセフ・ヘッドコーチ(中央)と話し合うトンプソン(右端)ら日本代表=7月24日、盛岡市

 大会直後、リーチは「日本代表はずっと強いままで継続していくのが大事」と話した。日本ラグビー協会は20年、未発表分も含め強豪とのテストマッチ(代表戦)を6、7試合実施したいとする。国際経験を積める環境の整備は、首脳陣の編成と同時に検討されるべき項目の一つ。それらを統べる日本ラグビー協会の森重隆会長の見解はこうだ。

 「ティア1(強豪国)とやっていかないと強化につながらない。今回のジャパン、それにその次を狙う若い連中に体験させる意味でも、そういうこと(上位国との対戦)は必要」

 そのテストマッチで結果を出すためには、サンウルブズの存在も不可欠か。現状では、サンウルブズは20年限りでスーパーラグビーから除外される。今年6月までが任期だった日本ラグビー協会の旧執行部は統括団体の「サンザー」から新たな参加費を求められたためと説明している。とはいえ、サンウルブズの活動継続を支持していたかつての幹部の中で、その説明を真に受ける人はいないに等しい。

 森会長はサンウルブズが21年以降もスーパーラグビーに参加できるよう働きかけるとし、推定10億円とも言われる参加費についても資金繰りもしくは値下げ交渉に注力するという。

 23年に開催されるW杯フランス大会の予選プール組分け抽選会は来年11月。世界ランクで同格のチームがそれぞれ異なるプールに分かれるよう配慮されるため、日本代表はその時まで現在の8位もしくはそれ以上の位置をキープしていたいところだ。

 スポーツの観戦文化が未成熟ともされるこの国にあって、代表チームの成績はそのスポーツの人気動向と不可分な関係にある。全ての根幹となる国内リーグの発展やラグビーという競技の普及活動とともに、代表強化への継続的なバックアップが求められる。

 ちなみに国内最高峰の「トップリーグ」は20年1月に開幕で、サンウルブズの挑むスーパーラグビーと日程のほとんどが重なる。両者を掛け持ちしていた選手の多くはトップリーグに専念しそうだという。

ラグビーW杯日本大会を終え、記者会見する日本ラグビー協会の森重隆会長。今後の手腕に期待が掛かる=3日、東京都内

 「(国内の)トップリーグへの(選手供出の)お願いはしました。とにかくお願いベースです」。苦しそうにそう漏らした森会長が続ける。

 「20年のサンウルブズ(の陣容)も、21年以降に参入するのを前提で考えなきゃいけない。(日本協会では)今度の新体制になってからはW杯のことで頭がいっぱいでした。(サンウルブズについては)今後、議論しなきゃいけないことがいっぱいあります」

 最大級の祭典が巻き起こしたムーブメントを、どう生かすか。日本ラグビー界の底力が試される時だ。(スポーツライター=向風見也)

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 向風見也(むかい・ふみや) 1982年、富山県生まれ。「ラグビーマガジン」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に「ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像」(論創社)。「サンウルブズの挑戦」(双葉社)など。また、Yahoo!ニュースの個人ページhttp://bylines.news.yahoo.co.jp/mukaifumiya/

にも記事を掲載している。