香川で唯一のミニシアターが70年続く理由 「人生を変える映画に出会った」3代目社長

ホール・ソレイユのスクリーン前に立つ詫間敬芳社長

 高松市中心部のにぎやかな商店街がだんだんと落ち着き始めるあたりに、小さな映画館「ソレイユ」がある。5スクリーン以上を有するシネマコンプレックス(シネコン)の台頭で次々と街の映画館が姿を消す中「人生を変える作品に出会ってほしい」と願う社長の詫間敬芳(たくま・たかよし)さん(72)と、映画を愛するファンの思いが、香川県で唯一のミニシアターを守り続けている。

 ソレイユの前身「高松大映劇場」が開設されたのは戦後間もない頃。詫間社長は3代目で、現在の映画館は5階建てビルの4階「ホール・ソレイユ」(140席)と地下1階「ソレイユ・2」(90席)に分かれている。全て自由席でチケットのネット販売もなければ、大規模な売店もない。それでも他では見られない作品を求める客が、時には県外からも訪れる。「ほっこりとした空間で居心地が良く、毎回セレクトが素晴らしい」「香川県にいながらにして、すてきな映画を味わえる」との声が聞かれ、根強いファンを持つ。

 設備でシネコンに劣るミニシアターでは作品が勝負だ。上映作品数は2館合わせて毎週6本、年間150本ほどで、社長の独断と偏見で決めるという。ジャンルに幅を持たせながら、マーケティング重視のシネコンにはない多彩な作品を客に届ける。特に、集客が見込めずシネコンでは上映されないアカデミー賞受賞、ノミネート作品をできる限り上映すると決めている。

映画館入り口に立つ詫間社長

 その一例が、米アカデミー賞で助演男優賞を含む計3部門で受賞した「セッション」。詫間社長にとって忘れられない作品だ。洗練された脚本とテンポの良さもさることながら、ジャズの迫力に圧倒され、1人でも多くの人にスクリーンで体感してほしいと思った。「上映後、『すごく良かった』と県外からのお客さんが満足そうに言ってくれた。普段厳しい環境で士気が落ち込みがちだが、こういう笑顔を見ることは映画人冥利(みょうり)に尽きる」。

 一般社団法人コミュニティシネマセンター(東京)の岩崎ゆう子さんは「シネコンの出現により多くの映画が上映され、多くの人が映画を見られるようになった。とはいえ、シネコンでは上映されない重要な映画もたくさん存在しており、地域の映画文化の多様性を確保するという点では、ミニシアターのようなコミュニティーシネマ(映画祭、図書館、公共ホールなど、地域における多様な映画受容の促進をする上映組織)が非常に重要な役割を果たしている」と述べる。

 香川県興行生活衛生同業組合によると、県内で最も映画館数が多かったのは1961(昭和36)年で、122館あった。しかし、テレビの普及やシネコンの出現により、街の映画館は次々と廃業。ソレイユだけが残った。「寂しかった。シネコンに対抗してきた戦友ですからね」。ソレイユの年間の動員数も25年前に比べると5分の1以下に減少、経営状態は厳しい。それでも続けるのは「映画は夢や希望、人生を生きていく上での知恵や勇気を与えてくれる。誰かの人生を変えることもある」と常々感じてきたからだ。

 この言葉の背景には、映画で救われた自身の経験がある。36年前、ホール・ソレイユを映画会社に貸す計画が破綻して途方に暮れていたとき、たまたま入った映画館で上映していた「フラッシュダンス」を見た。当時最先端の音響技術を導入しており、クライマックスのダンスシーンの迫力に衝撃を受けた。その後高松の映画館でリチャード・ギア演じる海軍士官候補生が主役の「愛と青春の旅立ち」を見た。友情、愛、成長を描いた物語に感動と勇気をもらい、映画の良さを再認識した。「映画って素晴らしい。こんなに良いなら経営を諦めず、ホールは貸さずに自分でやろう。きっと乗り越えられる」。2本の映画が、背中を押してくれた。

 「砂の器」「ベン・ハー」「大アマゾンの半魚人」など、人生に影響を与えた映画は枚挙にいとまがない。映画の音楽や風景、主人公の生きざま…。映画館のスクリーンで見たからこそ、記憶に鮮烈に残っている。

 コミュニティシネマセンターの2018年度のデータによると、全国のスクリーン数のうち約9割をシネコンが占める。ミニシアターや名画座に関しては大都市と地方の差も大きく、東京都に38館、大阪府に7館あるのに比べ、四国地方では香川県、愛媛県、高知県にそれぞれ1館のみ。「香川からミニシアターがなくなるのは、県民にとっても損失。最後の血の一滴まで戦いますよ」

 しかし経営改善の特効薬はなく、後継者問題も悩みの種だ。「今は中高年向けの作品が中心。若者向けの作品やアニメも積極的に上映して、集客を図りたい。一方で経費を削減し、地道に粘り強くやるしかない」

 そんなソレイユを支えているのは、映画好きの常連客。若い頃ソレイユで年間50作品を見ていたという男性(66)は「独特な作品が多く貴重な映画館。ずっと続いてほしいので、映画を見に来ることで少しでも貢献したい」と語る。

 詫間社長は声に力を込め、取材の最後にこう結んだ。「今はどこでも映画を見られる時代。でも、テレビやスマホで見るのと、映画館の大きなスクリーンで見るのとでは感動や迫力があまりにも違う。ほんの2時間あまり、暗闇の座席に身を沈め、心豊かな時間を過ごしてほしい」

▽取材を終えて

 東京で生まれ育った私は、いつでも幅広いジャンルの中から見たい映画を選ぶことができた。都市と地方の「多種多様な映画に触れられる機会の格差」を実感したのは、香川県に赴任してからだ。そんな中、県内唯一のミニシアターとして多岐にわたる作品を提供しているソレイユの役割は、想像以上に大きいと感じる。取材を続けるうちに、いつまでも愛される「街の映画館」であってほしいと思う気持ちが強くなった。これからも一人のファンとしてソレイユに通い、多様な映画を人生の肥やしにしたい。(共同通信=古橋遥南)

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