ラグビーW杯、異文化交流が財産に 夜の活気は異次元【大分県】

切り拓け―おおいた新時代 記者座談会(下)

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試合終了後、観戦客は夜の街へ。国籍を超えてビール片手に盛り上がった=10月3日未明、大分市中央町
日本―サモア戦で日本のトライに沸く大分市の祝祭の広場=10月5日、大分市府内町
サインをするNZの人気選手ボーデン・バレット(左)=9月24日、国東市の大分空港

 糸永 スタジアムの「外」も想像以上に盛り上がった。大分市のJR大分駅南側に開設した交流拠点の公式ファンゾーンは日を追うごとに来場者が増えた。

 大塩 前回の2015年ラグビーワールドカップ(W杯)イングランド大会では、多くの人がファンゾーンの芝生に寝っ転がって試合中継を見ていた。全国12開催都市の中でも大分は本場の雰囲気に近かった。

 吉良 大分市は祝祭の広場(府内町)に独自のパブリックビューイング(PV)やイベントを仕掛けた。人通りの多い大分駅前の一等地で、偶然通り掛かった人も巻き込めた。

 江藤 別府市の北浜公園もPVが人気でテントに入りきれず、壁を取り払ったほど。シャトルバス乗り場に近い別府公園にも大会途中からモニターを置いたら、すぐに数百人集まった。

 加納 テレビがあるところに人が集まる感じで、街中に「ミニファンゾーン」が増殖していった。

 大塩 昭和電工ドーム大分(大分市横尾)は郊外にある。大会を盛り上げる上で市中心部の交流拠点が果たした役割は大きかった。

 平野 ラグビーブームが起きたのは、日本代表の躍進があったからこそ。

 宮家 県関係では韓国生まれの具智元(グジウォン)(佐伯市・日本文理大付属高出身)が代表の主力として大活躍し、親しみのある風貌と実直な性格で人気を集めた。木津悠輔(由布市湯布院町出身)もラグビーでは無名の由布高からメンバー入りした。出場こそなかったが、日本代表を献身的に支える姿が話題になった。

 糸永 公認キャンプ地の大分、別府両市には計8チームが滞在した。取材してみてどうだった?

 田尻 選手は思ったよりオープンだった。滞在先のホテルのロビーなんかでも、バスタオルを手に温泉から戻ってくる姿を普通に見掛けた。

 大塩 大分市新春日町の豊後企画大分駄原球技場はホテルから近く、走ってグラウンドに来る選手もいた。

 江藤 練習の会場や時間は非公開だったが、調べて来る県民もいた。出待ちのファンに自ら駆け寄って快くサインをする姿勢は、さすが世界の一流選手と感じた。

 八坂 別府市の実相寺多目的グラウンドは、W杯出場チームにかなり人気があったらしい。準々決勝では来県した4チーム中2チームが「滞在先の第1候補」でリクエストした。最終的には1次リーグの順位で決まり、競合した場合は大会前に引いたくじの順で確定したという。

 宮家 選手や監督らは両市の練習環境を高く評価した。トップクラスのチームを受け入れた今回の実績を、今後のキャンプ誘致の弾みにしたいね。

 江藤 街ではいろんな目撃情報が相次いだ。イングランド監督のエディー・ジョーンズは地元の居酒屋に行ったらしい。

 八坂 ステーキに焼き肉、とんかつ、カフェや砂湯、ゴルフ、散策…。みんな「大分生活」を楽しんでいた。別府の理髪店や美容院で散髪をした選手もいる。

 宮家 フランス代表の関係者を取材していた時に、とり天やラーメンのお薦めの店を聞かれたなあ。デパートで買い物をした主力メンバーもいた。

 江藤 選手のサインは街中の至る所に残っている。訪れた場所はSNS(会員制交流サイト)で気軽に発信していて、それを見たファンが押し寄せていた。

 糸永 とにかく外国人観戦客の数には驚いた。

 大塩 法被を羽織り、鉢巻きをした外国人がうじゃうじゃいた。「日本人」の扮装(ふんそう)を楽しんでいた。

 吉良 地元の高校生とオーストラリア人が意気投合し、盛り上がる場面を見掛けた。言葉が通じなくても身ぶり手ぶりでうまく交流していた。

 加納 国歌を流していた大分市の商店街では、立ち止まって聴いている人もいたらしい。個々の店レベルでも来県したチームの旗を飾っているところがかなりあった。

 糸永 駐ウルグアイ大使と話す機会があった。地球の裏側からやってきた人たちにとって、自分たちの国旗や国歌での出迎えは感動的だったようだ。大分の「おもてなしの心」は世界に伝わったと思う。

 中谷 英語表記の案内はもっと必要かも。ごみを捨てる場所が分からず、空のペットボトル数本をバッグに入れたままの人もいた。

 鈴木 外国人たちは夜がすごかった。初戦(10月2日)の後、大分市中心部にある英国風パブの周りのにぎやかさは異次元だった。

 江藤 ビールを浴びるように飲み、敵味方関係なく肩を組んで歌い合う。酒の楽しみ方が日本人とは全く違う。

 大塩 人の流れには偏りがあった。ガラス張りで表通りに面した店がはやっていたようだ。入りやすかったのだろう。

 江藤 別府の飲食店はその傾向に気付き、入り口のドアを開け放す店が増えた。奥まったスナックなどもどんどん扉を開けたことで、次第に客が入り始めた。

 鈴木 食事をする店と酒を飲む店を分けている節もあった。今後のインバウンド(訪日客)対策として、外国人の食べ方・飲み方に合わせたサービスも必要。

 吉良 ちょうちんとか、焼き鳥を焼く様子をスマホで撮影していた人も多い。そういう見せ方次第で心をつかめるかも。

 糸永 地方都市・大分にとって「W杯」とは何だったんだろうか。

 仲道 世界中の人が集まる大規模な祭りだった。街中に外国人があふれ、華やいだ。店先にW杯関連の新聞記事が張ってあったりと、地元の人の関心もどんどん高くなった。

 八坂 ニュージーランド(NZ)代表「オールブラックス」の交流イベントが象徴的だった。ラグビースクールの子どもたちは有名選手から直接指導を受け、一緒に国歌も歌った。一生忘れないだろう。

 田尻 ペンとノートを持たず、休日に日本―アイルランド戦をファンゾーンで見たのが一番の思い出。あの雰囲気はなかなか体験できない。「本当にここは大分なのか」と思った。

 加納 大分、別府両市はキャンプを誘致するために立派なグラウンドを整備した。W杯はスポーツ観光を発展させる新たなスタート。次につなげる方策を考えないといけない。

 平野 ラグビーへの関心が高まった今こそ、競技普及のチャンス。子どもたちが親しみやすい環境を広げて、地元の高校や社会人が強くなっていけばうれしい。

 江藤 欧米や南半球からこれだけ多くの旅行者を受け入れたのは大分県にとって初めてのことではないか。一時のカンフル剤で終わるのではなくて、観光施策に生かさなければならない。

 田尻 ラグビーW杯は世界最高クラスのスポーツ大会。連れてくる人の規模が尋常ではなかった。地方都市にいながらにして世界中の人と交流し、異文化に触れることができた。県民が受け取ったこの経験が未来につながる財産だと思う。

 糸永健太郎(報道部編集委員)田尻雅彦、吉良政宣、加納慶、大塩信、中谷悠人(以上報道部)宮家大輔、平野賢二(以上運動部)江藤嘉寿、八坂啓佑(以上別府支社編集部)鈴木幸一郎、仲道裕司(以上写真映像センター)