「渡り鳥飛来する里山を取り戻せ」ラッシュジャパンが環境の再生可能性に挑戦

環境の持続可能性の考え方をさらに推し進め、「再生可能性」の実践に挑戦しているプロジェクトがある。ラッシュジャパンが取り組む「渡り鳥プロジェクト」がそれだ。耕作放棄水田を復田し、米や米ぬか、ワラなどの収穫物を同社製品の原材料として購入する。かつて渡り鳥「サシバ」の飛来地だった日本全国7カ所の里山に従業員らが訪れ、稲作などを行いながら、豊かな里山の再生を目指している。「原材料の購入を通して環境を再生し、今よりもっと良い社会を次世代に残したい」。同社バイイングチームの黒澤千絵実氏は実感を込めて語る。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=沖本啓一)

里山の風景を取り戻せ

茂みに囲まれた谷間にぽっかりとひらけた「谷戸(やと)」と呼ばれる地形には、広大とは言えないが人の手でよく整備された田んぼが広がっている。10月初旬のよく晴れた週末だ。暑さが落ち着いて秋の訪れを予感させる虫の声が草の間から聞こえてくる。傍らには澄んだ小川が流れ、あぜ道で子どもが遊んでいる――。その場に身をおけば誰もが郷愁を感じるに違いない日本の里山風景。三浦半島の内陸部の、ある耕作放棄地が少しずつ本来の姿を取り戻そうとしている。

小型の猛禽類、サシバ

小型のタカ、サシバは暖かい東南アジアで越冬し、春になると日本に渡って繁殖する。カエルやヘビ、バッタなどの餌が豊富で森林も近い里山の環境はサシバにとって理想的で、里山の象徴のような渡り鳥だ。しかし、特に高度経済成長期以降、稲作の大規模化や後継者の不足などの理由で里山の耕作放棄水田が増えるに従い、サシバの数は減少の一途を辿った。その数は80年代の5分の1以下になり、多くの里山からサシバが姿を消した。

サシバが渡る日本各地の里山を再生し、収穫物を購入して商品として販売する。それがラッシュジャパンの「渡り鳥プロジェクト」だ。週末に従業員らが現地に足を運び、開墾から稲作をしている。三浦半島では4月から数えて7回目の取り組みのこの日、集まったラッシュの面々は38人。午前は地元ボランティアとともに収穫済みの稲を脱穀するチームと、東北から南へ渡るサシバの様子を観察するチームにわかれ、午後から合流していよいよ自身らの手で開墾した田んぼから稲を収穫するという「ハレの日」だ。

取り組みの参加動機は従業員の自主性

その様子は「企業による田植え体験」とは一線を画す光景だ。参加者らはまるでそこが自分たちの大切な土地、収穫物のように懸命に、笑顔で賑やかに作業にあたっている。普段はオフィスで働くある参加者は、3回目の参加だという。「田んぼを整地して水を入れる作業から参加しています。サシバをこの里に戻すためには人と自然が共存する生活が大事だと感じます。自分は関係ないと思いたくない。直接触れ、参加して得るものがあります」と話す。

午前中に渡りの途中のサシバを観察した、ラッシュ新宿店のスタッフは「20羽近いサシバを見ることができました」と興奮した様子で話した。「チャリティにも、稲作にも興味があった」という。また普段は本社の事務方だという参加者は「会社の理念や里山での取り組みにはすごく共感します」と言う。

実際、同社の入社動機に、人権や環境などの取り組みへの共感を挙げる従業員はとても多いという。「バイイングチームは生産の現場に来ますが、そこでの苦労や面白さを社内の皆にも知ってもらいたいと考え、あまり説明はせずに、場を用意しました。その場に皆が(自主的に)集まっています。そうでないと自分の言葉で語れません」と話すのは「渡り鳥プロジェクト」をリードするバイイングチームのスーパーバイザー、細野隆氏だ。同じく黒澤千絵実氏も「サシバ観察の参加者は純粋に楽しんでいて、取り組みがサシバの生息環境を取り戻すことにつながっているという実感を持ったと思います。自分事に落とし込む機会になっています」という。

「リジェネレイティブ」へ舵を切った購買方針

左から公益財団法人日本自然保護協会の出島誠一氏、ラッシュジャパン バイイングチームの細野隆氏、同・黒澤千絵実氏

ラッシュジャパンでは元来、原材料の調達を通して環境破壊をしないという購買方針を持っていた。しかし「私たちにとって購買し続けられるものだとしても、従来の環境にとって持続可能なのか、という点で限界が見え始めました」と黒澤氏は話す。この方法を続けても次世代に残したい環境や社会はつくれないんじゃないか――。

「原材料を使うことで環境を再生したり、社会が良くなることをしたいと考えました。サステナブル・バイイングからリジェネレイティブ(再生可能な)・バイイングに移行したんです」(黒澤氏)

一方、細野氏はかつて「バイヤーというのは資源を搾取する側で、原材料を使うことは環境にネガティブな影響を与えているだけではないか」と考えていたという。しかしある時、日本の稲作文化、とりわけ里山での人間活動が環境にポジティブな影響を与えていることを知った。土を耕して水を流し、人間が手を入れることで土地に中規模のかく乱が起こり、生物種が増える。土を掘れば掘るほど、ポジティブな影響を与えるなら、それは付加価値になるのではないか――。

里山での米作りの副産物である藁で作られたギフトボックス「サシバボックス」は昨年のバレンタインギフトで採用、展開した

さらに公益財団法人日本自然保護協会と協働し、環境に対する取り組みの優先順位をつけた。そこで浮かび上がったのが「渡り鳥から見た購買」だ。渡り鳥は人間と違った景色を見て、環境変化を感じ取る。渡り鳥を基準に、個体数の減少の理由に対するアクションをとることにしたという。こうして「サシバが飛来する里山を再生する」というプロジェクトが始まった。

「その上で、商品の原材料となる収穫があればラッシュがそれを購買し、お客様が商品を購入することでプロジェクトの活動費に戻る。人の活動と自然環境の双方に循環性が高いプロジェクトに面白さも感じました」(細野氏)

「日本の自然環境の中で、大きな危機が4つあります。そのうちのひとつは『アンダーユーズ(過少利用)』です。日本人が自然環境を使わなくなったことによって環境が悪化しているという側面があり、その代表が里山なのです」と話すのは日本自然保護協会の出島誠一氏だ。この場所での「半世紀ぶりの収穫」だというこの日の稲刈りは、アンダーユーズからの脱却の重要な一手だ。さらにラッシュジャパンと協働するメリットをこう話す。

「ラッシュジャパンは、今の問題がなぜ起きているかということを長期的な視点で理解し、長期的な取り組みに価値があるという共感があります。その意義はとても大きいと考えています」

再びサシバが飛来する未来を目指す

NPO法人 三浦半島生物多様性保全 理事長の天白牧夫氏

三浦半島の渡り鳥プロジェクトでは、日本自然保護協会を通じてNPO「三浦半島生物多様性保全」とも協力関係を持つ。同NPOの天白牧夫理事長は三浦半島の谷戸に詳しく、長く耕作放棄水田の復田に取り組む専門家だ。「サシバという鳥は谷戸を広く使う生物です。田んぼ1枚あれば種をつなげる、という状況ではありません」と天白氏は谷の奥を見つめる。

「今、木が生え茂みになっているずっと奥まで、昔は田んぼが広がっていたんです。この谷だけで30枚、尾根を越えてさらに何十枚も田が広がる状態を復田して、ようやくサシバに認めてもらえるんじゃないかと思っています。日本自然保護協会やラッシュジャパンと協力し、大きなプロジェクトにしないと、目標設定もできませんでした」という。

谷戸の木が刈り込まれ、広々として明るいかつての里山の風景を再生し、サシバが繁殖地として飛来するということは一朝一夕ではできない、意欲的な目標なのだ。天白氏によれば「今の進捗は1割くらい」だという。

かつては谷の奥まで田んぼが広がっていた――

ラッシュジャパンの細野氏は「あと20年、一生懸命に取り組んでも里山再生は終わらないだろうと考えています。しかしNPOだけではできない部分に企業の力でできることがあるという感触は持っています。そのやり方を今の世代で起こし、事例をつくっておきたいと考えています。こんなこともできるんだ、と」と話す。

ある参加者は「自然にもよくて、自分たちも楽しめる。こういう暮らし方が未来にはできる、という可能性をすごく感じている」とこの日の感想を話した。ラッシュジャパンの従業員たちが復田した1枚の田んぼの奥には、過去の豊かな里山の風景が広がる。サシバが飛来し、子育てをするその風景に思いを馳せて、現実に蘇らせる取り組みで未来を見据える。

その再生可能性への挑戦は始まったばかりだ。

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