セイコーファイブと時空の歪み「ロンリー・ハート」はプログレなのか? 1983年 11月7日 イエスのアルバム「ロンリー・ハート」がリリースされた日

正確な時期は憶えていない。

80年代後半か。場所? 広尾? 西麻布?

雑貨屋のウィンドウにSEIKO5(セイコーファイブと読む)を見つけた。

60年代に人気を博した腕時計だ。当時は僕が子供過ぎて手に入る物では無かったが、背伸び小僧はどこかでこれを狙っていたのだ。

おそらく20年を過ぎて僕はそれを手に入れた。いや手に巻いた。

SEIKO5は自動巻き、防水で僕のやつはステンレス無垢、白い文字盤に曜日と日にちが表示されるものだった。曜日に関しては英語と仏蘭西語が選べたが面白がって仏蘭西語表示にしていた。

現在の時計の様にソーラー電波の概念が無いので普通に時間が狂ってゆく。二、三日に一回は時間を合わせて使っていた。FES の時期だけは怖かったので G-SHOCK を巻いていた。

恵比寿のセイリンシューズはロックバーだ。二軒目に行くことが多い。この日も青山からの二軒目。最近社長になった旧知の友人と二人で地下への階段を下りた。その時誰のどの曲がかかっていたかはわからない。ここのマスターとも旧知の仲だ。

スコッチを何杯か呑んだら店内はマスターと友人、僕の三人きりになっていた。貸切状態ね。突如鳴り響いたのはイエスの「ロンリー・ハート」だ。なんでえ? とゆう顔をした友人にマスター曰く、アンディ(僕)がプログレ好きだからと。

ねえマスター、確かにあたしゃプログレ好きでさあな。ちゃんとこの店にも僕のムーディー・ブルース『サテンの夜』、アナログLP 置いとるよ。ピンク・フロイドの話とかしょっちゅうしとるし。キング・クリムゾンの事もエマーソン・レイク&パーマーの事もジェネシスもキャメルも好きよ。そーとー好きよ。好きなんよ。イエスなんかもんすんごい好きよ。『こわれもの(Fragile)』、『危機(Close to the Edge)』とかそーとー好きよ。もちろん『ロンリー・ハート(90125)』も大好きよ。でもねえ、ねえマスター。『ロンリー・ハート』かけといてプログレ好きだからとか、そりゃ違うやろ。

友人も交えてちょっとしたプログレ談義に花が咲く。

70年代前半に一世を風靡した英のプログレッシブロックバンド、イエスは『こわれもの』『危機』の大ヒットでも有名。80年に解散したかと思われたが83年にアルバム『ロンリー・ハート』を発表。トレバー・ホーン プロデュースによる本作でバンドは本来と違う路線で大成功を収めるも同じ路線の次作でこけた。

僕の意識では『ロンリー・ハート』は従来のイエスとは別もんでプログレって言わんで欲しかったんやろね。話も盛り上がりながらも、ふと腕時計SEIKO5を観ると時間がゆがんでる!?

腕をふって再び観てみるとまた時間が違う。酔っているのは分かっているがこんな事は初めてだ。友人に観てもらうと友人もぎょっとなった。時間がねじれている。酔っ払い二人は時間の歪みに巻き込まれぐるんぐるんになってゆく。

不安そうなマスター。冷静を努め腕をしっかりと水平に保ちゆっくりと腕時計を観て見ると……

あっ。長針、短針、秒針、すべて正常に働いているが、文字盤の回転ズレが起こっていたのだ。腕を動かすたびに少しずつ回転する文字盤のおかげで観る度に混乱をおこしていた。

針表示の時計を観る場合、文字盤をベースに針の行方を見るのが時間の知り方であるので、まずは仕方ないかもであるが久しぶりにあせった。だって時空の歪みに嵌った事今までないもん。原因が分かりほっとしたところで友人が言った。

「プログレッシブロックを聴くからこんな事が起こるんだ」

ハードロックやパンクロック聴いていたらこんな事は起こらんっちゅう事やろか。後日、SEIKO5を修理しようとメーカーに問い合わせたところ、予想外の見積もりに修理をみあわせたところ、対応してくれた女性に「大変長い間ご愛用いただきまして本当に有難うございました」とご丁寧にお礼をいわれた。

なんかいろいろ、ぐっと来た。

※2017年6月3日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 安藤広一

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