職人集団SVOスペシャル・ビークル・オペレーションズの技
ジャガー初のピュアEV「I-PACE」(Iペイス)の試乗に合わせて、ジャガー・ランドローバーにおけるハイパフォーマンスモデルを、「SVR」シリーズを中心にサーキットで試乗することができた。
SVRとはジャガー・ランドローバーのハイパフォーマンスモデルに与えられる名称だ。メルセデスで言えば「AMG」、BMWなら「M」、日産の「NISMO」に当たるものだと考えてくれていい。
これを作り込むのはイギリスのウォリックシャーに居を構える「スペシャル・ビークル・オペレーションズ」(SVO)。約200名のスペシャリストたちが専用の社屋で、ハイパフォーマンスモデルのみならず限定モデルやビスポークモデルの制作を請け負っているという。
5リッターV8スーパーチャージャーの過激なエンジンを搭載
そんなSVRモデルたちに共通するのは、ハイエンドモデルとして5リッターの排気量を持つV8ユニットを搭載していること。そしてその過給機に、ターボではなくスーパーチャージャーを用いていることだ。エンジンは全て共通ながら、モデルごとの性格や立ち位置から、その出力特性を僅かに変化させているのも細かい配慮である。
足回りは極めてしなやかで上質
そしてこのダイレクトかつどう猛な加速力に対しては、極めてしなやかな足回りで対応することがひとつの大きな特徴となっている。
ハイパフォーマンスモデルの足回りと言えば、その旋回GやブレーキングGに対応するべく、高い剛性をもってガッチリと固められているのが通例だ。しかしSVOの設える足回りは、それこそジャガー・ランドローバーにおけるどのモデルよりもソフトな印象すら受ける。特にジャガーは軽量なアルミボディと、引き締められたサスペンションがおりなすキビキビ感をもって若返りを果たしたブランドだが、SVRモデルは実に角なく“まったり”と、そのサスペンションを動かすのである。
もっともバランスのいいスーパーSUV|ジャガー Fペイス SVR
この動力性能とシャシーが、最もバランスしたのは、なんとSUVボディのFペイスSVRだった。
単純な運動性能比較であれば、生粋のスポーツカーであるFタイプSVRが最も安定した速さを発揮してくれる。しかしFペイスは、まさにこの“しなやか足”が、抜群の操縦性を示してくれたのである。
エンジン出力は550PS/680Nm。最もハイパワーなFタイプ SVRに対して25PS/100Nm出力が低くなっている。また車重も2tを僅かに超えているため、Fタイプ SVRよりは少し余裕を持ってこの高出力を受け入れることができるのだ。
とはいえどこから踏んでも強烈なトルクを素早く立ち上げ、きっちりレブリミットまで回しきる実力には惚れほれさせられる。さらにそのサウンドは、ターボとは比べものにならないほど透明感が高く、アクセルを離せばやり過ぎなくらい炸裂音を豪快にまき散らす。
このハイパワーを受け止めるのは、オンデマンドタイプのAWD。通常はほぼFRに近いトルク配分で走るため、タイトコーナーではフロントタイヤのグリップに余裕があり、かつロングコーナーでも目立ったアンダーステアが顔を出さない。
こうした出力特性とトラクションを上手につなぐのが、SVRのサスペンションセッティングである。フロントで30%、リアで10%剛性を高めたスプリングとアンチロールバーを組み込み、スタンダードなFペイスに対してロールを5%低減させたといシャシーだが、これは出力特性の向上とタイヤの大径化に対するバランスを整えた印象で、そこにはまったく硬さは感じさせない。
そしてブレーキングではダンパーが突っ張ることなく前輪に荷重を与え、ターンでは重たいボディをじわりとロールさせて行く。
こうすることでドライバーは常にタイヤのグリップを感じ取ることができ、強烈なエンジンパワーに対して、余裕をもって対処することができる。また電子制御式のアクティブ・ディファレンシャルが着実に後輪のトラクションを確保してくれるため、多少のオーバーステアが発生しても自信をもってこれをコントロールすることができる。
そしてクリッピングポイントからは4WDのトラクションを武器に、思い切りアクセルを床まで踏みつけられるのである。
FペイスがSUVであることも、この良好な操縦性に貢献している。確かにボディは重量級だが、サスペンションストロークを長くとることができるため、その動きをさらに穏やかにすることが可能となるからだ。
コンパクトボディにハイパワーエンジンという様式美|ジャガー Fタイプ SVR
広い室内空間とラゲッジスペースを持ち、高い運動性能まで備えたFペイス SVRは、まさに裕福層の欲望を叶えるマルチパーパス・スーパーカーだ。
そんなFペイスに対して、Fタイプクーペ版SVRはソリッドな世界観を楽しませてくれた。
低く構えたボディ。それが織りなすタイトな2シーターのコクピット。リアタイヤ近くに座り575PSのパワーを操る感覚は、古典的なスポーツカーの文法通りである。
しかしながら駆動方式はFペイスと同じくFRベースの4WDとなっているため、その操縦性には、後輪駆動モデルのような危うさは見られない。
むしろ緊張しているのはドライバーの方であった。低い着座位置が織りなす体感速度の高さ。Fペイス SVRに比べて300kg!以上軽いボディが織りなす旋回Gの高さや、操舵応答の速さに対して、こちらが少し身構えてしまうのだ。
ちなみにその足回りは、Fペイスや後述するレンジローバースポーツのSVRよりも少し硬めである。縁石で跳ねるようなものではないが、ストローク量が短い中で高出力に対する安定性を保ち、スポーツカーらしい俊敏性を与えるために、こうした味付けになっているのだと思われる。
575PS/700Nmのパワー&トルクに対しては、前述したAWDに加え21インチの大径タイヤと電子制御ディファレンシャルが、きっちりとトラクションを確保してくれる。ただ4WDのトルク制御が安定方向なのか、コーナーではやや曲がらない印象を受けた。ノーズにV8エンジンを積み4輪を駆動するレイアウトを考えればそれも当たり前なのだが、このフロントタイヤが少し遠い運転感覚も、ドライバーとの一体感にやや欠ける印象を生み出している。
2013年から使い続けるシャシーに対して、ややパワーが勝っている現状を、SVOは巧みにAWDとサスペンションのセッティングでバランスさせているのだろう。もしFタイプクーペが次世代になったら、もっとしなやかな足回りで、曲がるスポーツカーになるのではないだろうか。
とはいえこのコンパクトな車体にV8エンジンをブチ込む英国流の様式美は雰囲気満点で、その気品のなかに見え隠れする野蛮さと硬派なテイストはとても魅力的に感じる。
むしろ速さを突き詰めるよりも、こうしたエモーショナル性能を味わうためにFタイプクーペは存在すると思う。
最速にして最強のランドローバー|レンジスポーツ SVR
レンジローバースポーツSVRは、ランドローバーにおける最速のSUVだ。しかし最強の表現方法は、ジャガーとは方向性がまた少し違う。あくまでランドローバーとしての乗り味を基礎に置き、そこに5リッターV8と鍛え上げた足腰が花を添えるのである。
そしてこのドライブフィールにこそ、SVRセッティングが見事にハマる。怒濤の加速をたおやかなスタビリティで支えながら、ドライバーはコマンドポジションで邁進する。それが至高の喜びとなるのだ。
走りの要となるエンジンは、Fタイプクーペと同一のスペック。ただし車重は3車で一番重量級(2420kg)となるため、こうしたクローズドコースでの加速力は体感的に一番穏やかである。そして穏やかだけれど、強烈なのも同じである。
ハンドリングも3台の中では一番落ち着いている。しかしそれは、スタビリティが低いという意味ではない。圧縮されるほどにシッカリ感を増すエアサスと、ロールスピードを緩やかに制御するダンパーを駆使してクリップまでしっかり待てば、タイトコーナーでもきちんと向きを変えてくれる。ボディの動きがわかりやすいために、モーメントも先読みしやすい。
ただし調子に乗っていると、高速コーナーでは慣性重量にグリップが負けてオーバーステアに陥る場面もある。そうすると流れを止めるのは大変である。
怒濤の速さと超重量級ボディが作り出す慣性を押さえ込むべく4WD制御もFタイプやFペイスに比べ安定方向に振られているわけで、無理や無茶は禁物である。
かつてはニュルブルクリンクで8分14秒のタイムをたたき出したレンジローバースポーツSVR。しかし筆者はこのクルマの魅力が、タイムにあるとは思わない。それはあくまでステイタスシンボルでしかないと思っている。
いざとなれば路上の無頼漢を置き去りにする圧倒的な動力性能を持ちながらも、レンジローバーとしての気品を貫く。V8エンジンの鼓動を適度に味わいながら、その心地良い乗り味に身を任せる。それにはカーボン地を剥き出しにしたボンネットがいささか子供っぽい気もするが、極めて贅沢で貴族的なハイエンドSUV、それがレンジローバースポーツSVRの本質であると私は思う。
5リッターV8スーパーチャージャーをFRで味わう|ジャガー XJR575
ジャガーの最上級サルーンであるXJシリーズ。その最もハイパフォーマンスなグレードとなる「XJR575」にも試乗することができた。
その名称通りXJR575は、575PSを発揮するハイパワーサルーンだ。SVRのバッジこそ付かないが、時系列的には一番最初に5リッターV8スーパーチャージャーユニットを搭載し、575PSを達成したモデルである。
そんなXJR575に鞭を入れると、ジャガーの古き良きデカダンスをこれでもか! というほど味わうことができる。なぜならXJR575は、575PSのパワーを後輪だけで受け止める、超古典的なジャガーだからである。
当然ながらこの高出力化に対して、足回りも強化されている。その足下には20インチのハイグリップタイヤを履き、足まわりには可変ダンパーを奢るなどして、それなりのスタビリティを確保してはいる。
しかしモードを「ダイナミック」に転じても、サーキットレベルの高荷重領域では少し減衰力が高まるくらいに感じられ、基本的にダンピング特性はしなやかさを失わない。また電動パワステも、実に往年のジャガーらしい、軽い操舵感を保ち続ける。
そしてこの軽さ、ひいては危うさが575PSのパワーと絡み合ったとき、超古典的な世界観が炸裂するのである。
フロントにV8エンジンを搭載するフルサイズのセダン。長いホイルベースも相まって、その回頭性はスポーツカーのように従順ではない。本来であればこうしたタイトなコースよりも、ロングコーナーをハイアベレージで走る方がXJR575には合っている。
それでもロールを積極的に受け入れるサスペンションを駆使して荷重をコントロールすると、XJR575はその長いノーズをコーナーの内側へとネジ込んで行く。
ここからアクセルを開けて行くには、それなりの勇気とテクニックが必要だ。
スタビリティコントロールを解除したXJR575は、いともたやすく後輪のグリップを奪い去る。アクセル操作に対するトルクの立ち上がりは素早い上に強烈で、その長いテールを瞬時に振り出してしまう。
このとき同じく長いホイールベースがなんとかスピンモードを抑え込み、軽いパワステがカウンターステアを素早く切らせてくれるものの、正直もう少しだけトラクションが欲しいと感じる。
狭いスイートスポットを理解し、そこにアクセル開度を合わせることができればリズムは作れる。ドリフトアングルを維持しながら走り続けることは可能だが、こうした運転が身についていないのであれば、スタビリティコントロールは切らない方が身のためだ。
本来であればもう少し足回りをしっかりと硬め、ディファレンシャルのオン側ロック率を上げたいところ。それこそがSVOのやるべきことだと思うのだが、末期モデルにそこまでのテコ入れはしないのだろうか?
その一方で、こうした操縦性を4ドアサルーン与えてしまう野蛮さに、古き良き時代の魅力を感じてしまうのも事実である。昔はこうしたモンスターに乗るために何が必要なのかを、乗り手が理解していた。飛ばすにせよ飛ばさないにせよ、切れる刃物を扱うたしなみを心得ていたのである。