東京裁判は「日米合作」だった!

©株式会社ジェイ・キャスト

東京裁判について、何か突っ込んだことを書いているのかと思ったら、ちょっとアテが外れた。本書『日本人の歴史認識と東京裁判』(岩波ブックレット)は、東京裁判の中身ではなく、「歴史の流れの中で東京裁判を位置づける」ということが主眼になっている。講演をもとにしたブックレット。わずか50ページほどの本なので、短時間で読めるのが利点だ。

『日本軍兵士』がベストセラー

著者の吉田裕さんは近現代史研究者。現在は一橋大学大学院社会学研究科特任教授。東京大空襲・戦災資料センター館長もしている。多数の著書があるが、2017年に出版した『日本軍兵士――アジア・太平洋戦争の現実 』(中公新書)がロングセラーになり、メディアに登場する機会も多い。

その吉田さんが、東京裁判について書いているというので興味を持ったのだが、「歴史が専門ですので、国際法上の問題はやはり十分にお話をすることができないと思います」と肩透かし。代わりに「最近よく言われる『東京裁判史観の克服』というような言説についてどう考えたらいいのか、そういうことを中心に話してみたい」と角度を変える。

周知のように東京裁判は、アメリカを中心とする戦勝国が主導し、「戦争犯罪人」として日本の指導者などを裁いた。「東京裁判史観」とはそうした戦勝国主導の裁判で押し付けられたとされる価値観のことだ。教科書問題などをきっかけに、保守陣営で1980年代に入って盛んに「東京裁判史観の克服」が叫ばれるようになった。いわゆる「自虐史観」と重なり、それを正そうというのが「東京裁判史観の克服」だ。「歴史修正主義」といわれることもある。

政治裁判だった

本書ではいくつかの指摘が記憶に残った。一つは「東京裁判は日米合作」の政治裁判だったということ。すべての戦争責任を軍部、特に陸軍に押し付け、天皇を免責する――という側面があったという。米国のそのような意向に日本側も呼応したというのだ。

GHQのホイットニー准将は東条英機の尋問前に、元海軍大将の米内光政に東条がどう答えるか聞いている。トルーマン大統領も、マッカーサー元帥も天皇に責任が及ばないようにしたいと考えていたが、東条の発言次第では大変なことになる、と心配していたというのだ。キーナン首席検察官自身も日本側の弁護人に「こういう質問をするが、東条はどうこたえるだろうか」と問い合わせ、二人で協議をしている。

「アメリカ側としては天皇の責任を問うつもりはないが、連合国やアメリカ国内の世論が非常に厳しいので、日本側でも配慮してくれ、具体的には、東条に責任をかぶせろと言っているわけですね」「このような事前、水面下での折衝・連携があったということがとても重要です。そしてその中で東京裁判の判決が作られていくという側面を無視することはできないように思います」ということを吉田さんは強調する。

アメリカは戦前から日本のことを良く研究し、戦争中も捕虜にした日本兵の尋問などから、天皇への忠誠心が強いことを認識していた。戦後の占領政策や東京裁判の方針として、日本の戦争責任は軍部のみが負うべきということが貫かれた。さらに日本側の弁護団は「陸軍強硬/海軍穏健」という歴史認識で弁論し、それが裁判所や検察官の間でも共有されたというのだ。東京裁判は、大筋のところで「日米合作」なのだ、というのが吉田さんの指摘といえるだろう。

大きな矛盾を内包

1948年11月に東京裁判の判決があり、それを受諾することで52年、サンフランシスコ講和条約が発効した。日本は占領状態から脱し、国際社会に復帰する。だが、80年代に入って保守論壇から次々と「東京裁判史観の克服」という主張が出てくる。安倍首相も「戦後レジームからの脱却」をうたっていることはよく知られている。

ところがこの考え方は大きな矛盾を内包しているという。なぜなら東京裁判は、アメリカ主導の裁判であり、その後の日米関係は「日米同盟」を基本としている。東京裁判の批判はアメリカ批判に帰着し、サンフランシスコ講和条約の破棄にもつながりかねない。もちろん日米安保条約も揺らぐ。いわば振り上げたこぶしの落としどころがない状態に陥る。

特に困難さを象徴しているのが「靖国神社」だという。神社として「戦後日本は、戦勝国の立場から我が国を一方的に断罪した東京裁判史観を払拭できず、英霊の名誉は冒涜されたままで、いまだ回復されるに至っていない」などという声明を最近も出している。

ところが天皇の靖国参拝は1975年を最後に途絶えている。平成の天皇も在位中は一度も参拝しなかった。週刊ポスト(2018年10月12・19日号)が報じた靖国神社・小堀邦夫宮司の「今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ」という発言は衝撃的だった。靖国神社側の思いと、天皇サイドの対応にはズレが生じたままだ。

一方で、吉田さんは著書『日本軍兵士』を読んだ読者から、「この本を読んで初めて知りました」という趣旨の感想を多くもらったことに驚く。太平洋戦争の実相がほとんど知られていない。戦争体験や、戦争の記憶がきちんと継承されていない。戦後の日本は東京裁判にきちんと向き合わず、棚上げにしてきたが、その前段として、なぜ戦争に突き進んだか、そこで何があったかについても空白になっている。つまり東京裁判と正面から向き合うための基礎知識も欠けたままになっているというわけだ。

BOOKウォッチでは関連で、戦後、幣原喜重郎首相自らが「敗戦の原因及び実相調査」に乗り出した『戦争調査会――幻の政府文書を読み解く』(講談社現代新書)、戦争拡大を元エリート軍人たちが話し合った『なぜ必敗の戦争を始めたのか――陸軍エリート将校反省会議』(文春新書)、日中戦争の不拡大に尽力した外交官による『外交官の一生』(中公文庫)、海軍の責任も問う『日本人はなぜ戦争へと向かったのか 戦中編』(NHK出版)などを紹介している。靖国神社や右翼関連では『靖国神社が消える日』(小学館)、『ニュースが報じない神社の闇――神社本庁・神社をめぐる政治と権力、そして金』(花伝社)、『「右翼」の戦後史』(講談社現代新書)、『ネット右派の歴史社会学』(青弓社)、『天皇陛下の味方です――国体としての天皇リベラリズム』(バジリコ)なども取り上げている。

  • 書名:日本人の歴史認識と東京裁判
  • 監修・編集・著者名: 吉田裕 著
  • 出版社名: 岩波書店
  • 出版年月日: 2019年8月 8日
  • 定価: 本体520円+税
  • 判型・ページ数: 四六判・64ページ
  • ISBN: 9784002710075

(BOOKウォッチ編集部)