笑わなくとも

 水を吸って重かったに違いない。土砂で汚れてもいる。台風の大雨で水浸しになった畳を、屈強な男たちは軽々と運び出していた。ラグビーのワールドカップ(W杯)で大躍進した日本代表の選手らが大会後、被災地で復旧のボランティア作業をしたと先ごろ報じられた▲その1人が作業中、笑みを浮かべる写真がテレビ番組で流れ、いささか驚く。いかつい顔をして「笑わない男」と称される稲垣啓太選手だった▲ボランティア作業では和やかな笑みを見せ、戦いに全力という時には笑わない。今は笑う場面ではない、笑顔は取っておく。そんな決意が胸にあったのかもしれない▲今年の「新語・流行語大賞」の候補30語が発表された。「笑わない男」「にわかファン」などラグビーW杯にちなむ言葉が五つもある。「命を守る行動を」「計画運休」と台風災害時の呼び掛け、対応も候補に入った▲災禍の悲痛があって「日本躍進」の歓喜は際立つ。その歓喜が被災地の悲痛を少しばかり和らげ、励みとなる。「明暗くっきり」というよりも、呼応し合ったように思える▲今年は残り2カ月ほどあるが、災害もラグビーも人々の記憶に強く刻まれるのは間違いない。笑顔を“お預け”にして勝負に懸ける熱い心と、災禍の地への励ましと。「笑わない男」の心得が胸に染みる。(徹)

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