テニス四大大会を初制覇した黒人女性を知っていますか? 死後16年の今年、アリシア・ギブソンさんの銅像が建立

1957年のウィンブルドン選手権で優勝したギブソンさんのプレー(AP=共同)

 女子テニスの年間成績上位8人、8組で争われた最終戦「WTAファイナル」が中国の深圳で行われた。シングルス決勝で世界ランキング1位のアシュリー・バーティ(オーストラリア)が初制覇。女子テニスはこれでシーズンが終幕した。

 大坂なおみの全豪オープン優勝や日本人初の世界ランキング1位、そしてその後の不調など、日本人にとって話題に事欠かなかった今季だったが、全米オープン開幕に合わせて決して忘れてはならない出来事があった。

 それは8月26日。全米オープンが行われるニューヨーク市郊外の「ビリー・ジーン・ナショナル・テニスセンター」の一角で石像の除幕式が催された。花こう岩に彫られた女子選手の胸像で台座を見ると、「Althea Gibson」と名前が刻まれている。

 アリシア・ギブソン―。彼女は黒人選手としてとして、テニス四大大会を初めて制覇するという偉業を成し遂げた、まさに歴史にその名を残す名選手だ。

 ギブソンは1927年8月、米・サウスカロライナ州生まれ。幼少期に家族とニューヨークへ移り住み、テニスに触れた。2003年9月に76歳で亡くなったが、その生涯はテニス史だけでなく、スポーツ史にさんぜんと輝いている。活躍した時期は1950年代とテニスにおける「オープン化」、つまり四大大会へのプロ出場が解禁される68年以前だった。とはいえ、56年に全仏の女子シングルスを皮切りに四大大会ではシングルス5度、女子ダブルス5度、混合ダブルス1度の計11度もタイトルを獲得してみせた。

 10代前半でテニスを始めたギブソン。その才能はすぐに開花した。それに伴い、ニューヨーク州から米国全土へ、その名が知られるようになった。だが、当時は黒人に対する人種差別が厳然と残っていた。当然ながら、テニス界も同様。全米オープンの前身である全米選手権に出場することすら困難だったが、周囲の支援もあって50年8月25日、23歳の誕生日に初の黒人選手としてデビューを飾った。

 米野球界における「人種の壁」を打ち破ったと称賛される黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンがデビューしたのは47年。3年後に続いたのが、ギブソンだった。そのためだろう、ギブソンは今でも「テニス界のジャッキー・ロビンソン」という呼ばれ方をする。

 翌51年にはウィンブルドンでプレーした最初の黒人選手となる。そして、56年の全仏選手権の女子シングルスで優勝。57、58年にはウィンブルドンと全米選手権の女子シングルスをそれぞれ連覇。女子ダブルスでも56年から58年にかけて、全豪選手権、全仏選手権、ウィンブルドンで計5度の優勝を果たした。

 しかし、プロとしてプレーできない時代だったため、四大大会を制しても十分な収入を得ることはできなかった。そのため、58年にランキング1位のまま引退。その後は、芸能活動を始めとするさまざまな仕事に就いたという。それでも、再び「黒人初」の栄誉を得る。37歳だった64年に、女子プロゴルフ協会(LPGA)のツアーに参加したのだ。78年に現役を退いたが、優勝はなく2位が最高だったようだ。

 当時のゴルフ界にも人種差別は残っていた。中でも、米国南部でのトーナメントでは出場を拒否されたほか、たとえ出場できたとしてもクラブハウスの更衣室を使うことを許されず、車で着替えることもあったという。

 そんな人種差別と戦いながら、黒人のスポーツ進出に大きな功績を残したギブソンだが、晩年は恵まれたとは言えない境遇だった。

 その死後、アーサー・アッシュ(93年死去)が68年の全米オープン男子シングルスを制し、黒人選手としては初となる四大大会のタイトルを獲得した。さらに99年にはセリーナ・ウィリアムズ、2000年にはビーナス・ウィリアムズが四大大会を制覇。近年は、特に女子において、黒人選手の台頭が著しい。

 こうした後輩たちに扉を開けたのが、他でもないギブソンだ。しかし、その功績にふさわしい扱いを受けてきたかというと、寂しさはぬぐえない。全米オープンの会場は1960年代から80年代初頭にかけて活躍し、四大大会では女子シングルス12度を含む計39度の優勝を成し遂げたビリー・ジーン・キングさんにちなみ、「ビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンター」と名付けられた。また、決勝など注目試合が行われるセンターコートは2万人を超える収容人員を誇る世界最大のテニススタジアムだが、その名は「アーサー・アッシュ・スタジアム」だ。

 今回の胸像制作には、キングさんも関係者に働き掛けるなどの協力をした。除幕式にも出席したキングさんは自身が13歳だった時にギブソンの試合を見たそうで「最高の選手というのはどういうことなのか、を知った。彼女は私たちにとって、テニスのジャッキー・ロビンソンなのよ」とAP通信に語っている。ギブソンの偉大さを知る人たちは、今回の胸像建立でギブソンの功績にもっと光が当たることを願っている。(共同通信・山﨑惠司)

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