“億男”になるはずがまさかの無職に…。慶應卒のエリートが、40歳でどん底に転落した理由

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慶應義塾大学入学とともに上京した翔太は、晴れて慶應ボーイとなるも庶民とセレブの壁に撃沈

さらには付き合い始めた1歳年上の女子大生・花純がお金持ちのおじさんに群がるいわゆるビッチだったことが判明。その悔しさをバネにした翔太は、大手総合商社の内定を勝ち取る

苦汁を飲んでいた若手を経て28歳でついにモテ期が到来するも、初めて結婚を意識した女性・みな実にあっさりプロポーズを断られ、さらにはシンガポール駐在から戻ると、同期・コジマが先に出世していた

焦る翔太は一旗揚げてみせると意気込み、大学時代の同級生・一馬がCEOを務めるベンチャーに転職

“総合商社を捨て、ベンチャーで奮闘するCOO”としてメディアでも取り上げられるようになり、大切な彼女・瑠璃子という存在もできた。

いよいよ、上場目前。浮かれる翔太を待っていた現実とは。

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40歳。夢見た景色が泡となって消える瞬間

夢見ていたはずの景色が、もうあと一歩で手に入るというまさにその目前で、突如泡のように消えてしまう。

そんな時、人って無になるんですね。空っぽ。

昨年、アンドエバーを退社したときの僕もそう。まさに空っぽでした。

…上場だ、ストックオプションだと騒いでいたのに一体どうしたのかと不思議に思われていることでしょう。

僕だって、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。

きっかけは…一言で言えば金です。上場が現実味を帯びたタイミングで、一馬にさりげなく聞いてみたんです。

同じスタートアップ業界の経営幹部仲間は「ストックオプションのないスタートアップなんてドロップキックだよ(笑)」なんて言っていましたし、経営幹部であればもらっているのが普通だと聞いていたので。

しかし一馬の返答は想像と違っていました。

「ストックオプションをどう付与するかを決めるのはCEOの価値観それぞれ。一般論で語られるものではないから」

僕の目を見ることなく、彼は早口にそう言ったのです。

冷ややかなその対応は「5年以内に上場だ!」と夜な夜な熱く語り合った仲間に対する言葉だとは、とても思えませんでした。

これが、ともに戦ってきた戦友にとる態度なのでしょうか…?

僕は一馬に、一気に不信感を抱くようになりました。

もちろん僕だって、ストックオプションのためだけに頑張っていたわけではありません。

大企業の名刺を捨てアンドエバーに転職し、泥水をすすりながらもやればやっただけ売上が伸びる達成感に喜びを感じていました。僕はアンドエバーに賭けていた。アンドエバーの上場は、僕自身の夢でもあったのです。それなのに…。

まさか、ストックオプションがもらえない…?信じていた、友の裏切り

「そんなに金のことをいうなら、無理に働いてもらわなくてもいいよ」

一馬は最後、僕を切り捨てるかのような言葉まで吐きました。

確かに彼はCEOとしてリスクを取っているわけですから、それ相応のリターンを受け取る権利があります。

けれども僕だって創業期からアンドエバーを支えてきました。一馬の右腕となり、悪戦苦闘しながら成果を出してきたのです。同志として、一緒にリターンを分かち合おうとか、そういう考えになっても良いと思ったのに…。

なんというか、虚しさを覚えましたね。

何もかもを失った後に残る宝物

完全にやる気を失い、空っぽになった僕は結局、39歳でアンドエバーを去りました。

一馬と揉め半ば勢いで飛び出したようなものですが、そんなことができたのは内心「大丈夫、次がある」という勝算を持っていたからです。

僕くらいの立場であれば、むしろ辞めるのを待っていたと言わんばかりにヘッドハンティングのオファーが殺到するはずだと高をくくっていた。

…しかしその読みは外れていました。

上場直前の企業から経営幹部が抜けるというのは、世間的にネガティブな見られ方をするようです。つまり「辞めた」のではなく「辞めさせられた」のだと。

違う、そうじゃない。そんな風に僕がいくら叫んだところで、世間の目は変わりません。

仕方なくハローワークに半年ほど通いました。失業手当を受け取るためです。

−俺も落ちぶれたものだな…。

職安で給付申請の列に並ぶときのやるせなさといったら…しかし前職の月収の6割程度が支給されるのです。背に腹は変えられない。

「少しゆっくり休めばいいじゃない。ほら、“ロングバケーション”ってやつ」

疲弊しきっていた僕に、瑠璃子はそんな優しい言葉をかけてくれました。心底、救われましたね。

−翔太さんは、私と一緒にいた方がいいですよ−

そういえば昔、彼女は僕にそんなことを言っていました。

当時も妙な説得力を感じたものですが、仕事も夢も目標も、何もかもを一度に失ったこの時の僕にとって、瑠璃子の存在がどれだけ支えになったことか。

−女なんて、どうせ金を持ってる男が好きなんだろ−

ずっとそんな風に思っていましたが、瑠璃子は違った。瑠璃子だけは他の女とは違う、彼女だけは絶対に失いたくないと強く思いました。

彼女は僕が一馬と揉めて会社を飛び出したあとも、アンドエバーで奮闘していました。

「私けっこう稼いでるし、なんとかなるって」

男前な瑠璃子はそんな風に言ってくれましたが、しかしさすがにハローワークに通う身で、彼女の収入を当てにして、家賃35万円の青山のタワーマンションに住み続けるわけにいきません。

家賃を抑えるため、僕たちは清澄白河のマンションに引っ越しました。

スタートアップのCOOに華麗なる転身を遂げたはずが…絵に描いたような転落劇です。そう、転落。完全に落ち目です。

一方で、僕が抜けた後のアンドエバーは、予定通り上場を果たしました。

公募時価総額100億円に対して、初値で300億円の時価総額をつけたとか。一馬は時代の寵児として持て囃され、公募時の売り出しで5億円程度のキャピタルゲインを得たそうです。

そしてさらに、僕はにわかに信じがたい噂を耳にしてしまったのです。

自ら飛び出したはずの“アンドエバー”。しかし実際は、罠にかけられていた…?

「本当に抜けて欲しくない人材なら意地でも引き止めるさ。当然だろ」

一馬は社内の一部の人間に、そんな風に漏らしていたらしい。

そしてその言葉を裏付けるように、僕の後任としてCOOの立場に入った男には、なんとストックオプションを付与していたというのです。

結局のところ一馬は僕の働きに満足しておらず、ストックオプションを与えないことで僕が出て行くように仕向けていた。そう、僕は世間が評価した通り「辞めた」のではなく「辞めさせられていた」というわけ。

情けない話です。

泣き笑いのプロポーズ

結局僕は、40代を無職のままで迎えました。

世の中では“不惑の40”などと言われますが、僕には当てはまらなかったようです。惑わないどころか、これから何をして生きるべきか、方向性すら見失っていたのですから。

「清澄白河ってのんびりしていい所ね。青山より住みやすいかも」

青山のタワーマンションから、清澄白河のいわゆる普通のマンションに引越しをした後も、瑠璃子は愚痴一つこぼすことはありませんでした。

「翔太サン、仕事がないなら晩御飯くらい作ってね」

なんて言ってくれる彼女の優しさに、僕は少し甘えすぎていたかもしれません。

瑠璃子の妊娠が発覚したのは、そんな矢先のことです。

タイミング的に順序が逆になってしまったけれど、僕はずっと結婚するなら彼女しかいないと思っていました。当然です。すべてを失い空っぽになった僕を見捨てず支えてくれたのは彼女だけなのですから。

僕は自分が無職であることも忘れ「結婚しよう」と言いました。

そしたら彼女、なんて言ったと思います?

「おせーよ」って(笑)。

そのあとは顔を見合わせ、大笑いしました。

瑠璃子のやつ、笑いながら目が潤んでいるんです。それを見つけてからかいましたが、そういう僕もなんだか泣けてきてしまって。

僕にはもう何の肩書きもない。自慢できるものなど、もう何も持ち合わせていません。

けれど大して広くもないリビングで、瑠璃子とふたり泣き笑うこの瞬間ほど、幸せを感じたことはなかった。

ぽかぽかとした陽だまりの中で、僕は瑠璃子を強く抱きしめました。

「俺…瑠璃子と子どものこと、絶対に幸せにするから」

それは、自然と溢れ出た言葉でした。

そして、柔らかな彼女を抱きしめながら、僕はこの時ようやく、未来に繋がる光を見つけた気がしたのです。

▶NEXT:11月16日 土曜更新予定
最終回:44歳。再起を誓う男が見つけた、新たな人生とは…?

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