インボイス制度導入、免税事業者は課税事業者になるべきか?

2023年に導入される「インボイス制度」。すべての事業者に関係するものですが、特に免税事業者であるフリーランスや小規模法人には大きな影響が出てくる見通しです。

前回の記事では、大まかな仕組みを解説しましたが、今回はそれを踏まえた上で、免税事業者のままでいた方がいいのか、それとも課税事業者になるべきか、それぞれのメリットとデメリットをあげて解説をしていきます。


売上の10%が消える?免税事業者に与えるインパクト

インボイス制度が導入されると、課税事業者は仕入税額控除を受ける際に、適格請求書発行事業者による登録番号等の必要事項を記載した請求書の交付・保存が必要になります。

ところが、免税事業者は、適格請求書発行事業者にはなれず、適格請求書を発行できません。

売上先が課税事業者になる場合、仕入税額控除を受けられない分、消費税相当額の値引きを要求される可能性があり、消費税免税による益税を享受できなくなることが予想されます。

経過措置で6年間の緩和期間はあるとはいえ、その後に、売上額の10%(従来は8%)相当がなくなるかもしれないということは、免税事業者にとってのインパクトは大きいといえるでしょう。

それを踏まえた上でも、免税事業者のままでいた方がいいのでしょうか。

免税事業者から課税事業者になるべきか?

免税事業者は通常、「消費税課税事業者選択届出書」を提出すれば課税事業者になり、適格請求書発行事業者になることが可能です。ただし、特定の期間に適格請求書発行事業者の登録申請書を提出すれば、この手続きが不要となる場合もあります。

免税事業者のままでいた場合と課税事業者に変更した場合、それぞれのメリットとデメリットについて考えてみましょう。ただ、結論としては、どちらを選択しても従来と同様に益税を享受することはできなくなる見通しです。

インボイス制度で影響がない免税事業者は、売上先が事業者ではない「個人」であるケースに限定されそうです。生活者である個人は消費税の納税主体ではないので仕入税額控除とは関係がないからです。

「免税事業者のまま」でいた場合のメリットとデメリット

免税事業者は、今まで益税という面で優遇されていましたが、今後、適格請求書発行事業者としては登録することができません。

そのため、免税事業者との取引自体を控えて、代わりに、仕入税額控除が適用される課税事業者(適格請求書発行事業者)と取引する事業者が増えるのではないかという危惧があります。

つまり、免税事業者は仕事が減るのではないかということです。

あるいは、免税事業者や適格請求書発行事業者でない事業者は、請求時に、今まで本体価格としていた金額を消費税込みの価格として、実質値引きを要求されるようになるのではないかと思われます。そうすれば、売上先にとっての負担は変わらないからです。しかし、免税事業者からすると、請求額に上乗せできていた消費税分を上乗せできなくなるため、売上減少は避けられないでしょう。

上述の通り、免税事業者からの仕入について、2023年10月1日から6年間は一定割合(当初3年は80%、後の3年は 50%)まで仕入税額控除が認められる経過措置はありますが、売上先から見たら、課税事業者から商品等を仕入れれば100%を仕入税額控除できるわけですので、経過措置により緩和される部分はあるとはいえ、取引上での影響は生じそうです。

免税事業者のままでいた場合のメリットとしては、消費税を計算する手間が省け、納税は免除されるが後述のデメリットとセットになります。値引き対応になったとしても、6年間の経過措置期間あり。

免税事業者のままでいた場合のデメリットとしては、売上先が仕入税額控除を受けられなくなる分、消費税の実質値引きなどでの支払いを要求される、あるいは、他の適格請求書発行事業者である課税事業者との取引が優先され、売上自体がなくなってしまうリスクがあります。

「課税事業者に切り替えた」場合のメリットとデメリット

免税事業者から課税事業者に切り替えて、適格請求書発行事業者になる場合は、取引の可否や事業継続への影響は小さいでしょう。当然、自身も消費税の納税義務が生じますので、益税の恩恵はなくなります。

課税事業者に切り替えた場合のメリットとしては、売上先の仕入税額控除の可否が取引に影響しないため、インボイス制度がきっかけで取引先を失う可能性は低いでしょう。

課税事業者に切り替えた場合のデメリットとしては、消費税の計算と申告、納税をしなくてはなりません。

2023年まではまだ時間がありますので、今後、自身に影響する取引慣行がどのようになるのかなどを見定める必要はありますが、売上先からの要求で、課税事業者に切り替えて適格請求書発行事業者にならないと、売上先との取引がなくなってしまうのであれば、選択の余地は少なく、課税事業者になるしかないでしょう。

ただ、一定割合(当初3年は80%、後の3年は 50%)まで仕入税額控除が認められる6年間の経過措置期間は、仕入税額控除が受けられない分の値引き対応をしなければならないとしても、免税事業者のままでいる方が有利になる可能性もあります。

商品仕入の原価率等によって、損得が変わってくるからです。特に、当初3年の80%の間は、原価率が極端に高くなければ、免税事業者のままでも不利にはならないでしょう。インボイス制度の導入時期がいよいよ近づいたら、どちらが得かシミュレーションしてみましょう。

免税事業者のままで取引継続してもらえるのか、バランスを見極めて

益税をあきらめざるを得ない状況で、免税事業者のままでいる方が、消費税の計算や申告・納税の手間はかかりませんが、ただ、適格請求書発行事業者でないこと自体が「信用がない」という心証が世間に広がると、それはそれで取引継続に影響も出てくるかもしれません。

免税事業者のままでいるか、課税事業者に切り替えるかは、取引を継続してもらえるのか、今まで通り消費税を上乗せして請求できるのか、仕入税額控除を取れなくなる分の事実上の値引きなどを要求されるのかなどを考慮した上で、消費税納税にかかる手間と取引先との信頼関係とのバランスを見極めることが大切でしょう。

すべての売上先が、仕入税額控除は気にせずに従来通り変わらず取引するとなれば、免税事業者のままでも問題ありませが、それは恵まれた環境に限られそうです。なお、上述の通り、売上先がすべて個人で、事業者向けの売上がない免税事業者は、免税事業者のままで問題はないと思われます。

救済措置はあるのか?今後の世論の動向に注目

このようにインボイス制度の導入は、免税事業者にとっては収入に直結することになります。

導入はまだ先ですが、免税事業者は必然的に中小・零細事業者になりますので、その影響は彼らの生活にも及ぶことが予想されます。

嘆願書が多く集まれば、免税事業者であっても適格請求書発行事業者になれるといった救済措置も考えられますが、そもそもインボイス制度の導入は、消費税率10%となり、益税の規模がますます大きくなってくるので、それを財源として確保しようという政府の意図が感じられます。

平成28年度の税制改正大綱では「軽減税率制度の円滑な運用及び適正な課税の確保の観点から、中小・小規模事業者の経営の高度化を促進しつつ、軽減税率制度の導入後3年以内を目途に、適格請求書等保存方式(インボイス制度)導入に係る事業者の準備状況及び事業者取引への影響の可能性、軽減税率制度導入による簡易課税制度への影響、経過措置の適用状況などを検証し、必要と認められるときは、その結果に基づいて法制上の措置その他必要な措置を講ずる」と記されています。

「適正な課税の確保の観点」というのが、まさに益税をなくすという意図と理解できます。

一方で、インボイス制度は、上述の通り、免税事業者の経営悪化に影響を与えると予想されるため、2021年までを目処に、事業者の準備状況や事業者取引への影響の可能性などを検証し、必要な場合には一定の措置を講ずることとされています。

このようにインボイス制度はまだ導入まで期間はあるものの、制度導入後は免税事業者にとって厳しい制度にはなりそうです。インボイス制度を予定通り導入するべきかどうか、議論が活発化する可能性があります。今後の動向などを踏まえながら対処を考えていく必要があります。

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