安倍政権下、キャッチボールをやめた最高裁 「1票の格差」訴訟はどうして重要なのか(下)

By 竹田昌弘

 7月の参院選(選挙区)を巡る「1票の格差」訴訟は12日までに、12高裁(選挙の効力に関する訴訟は高裁が一審)で判決が言い渡され「違憲状態」2件、「合憲」10件となっている。今回の最大格差は最高裁で「合憲」とされた前回参院選の3・08倍を下回る3・00倍であり、予想通り、最高裁の格差訴訟に対する姿勢の変化を反映している。(下)では、その最高裁の変化を中心に考察し、今回の訴訟の行方を探りつつ、1票の格差訴訟がなぜ重要なのかをまとめたい。(共同通信編集委員=竹田昌弘)

(2019年11月11日現在)

 衆院選3回連続、参院選も2回続けて「違憲状態」 

 1962年から続く一連の格差訴訟では、最高裁が「違憲」や「違憲状態」の判決を出し、国会は「〇増〇減」などの定数是正で格差縮小を図るパターンが繰り返されてきた。衆院選は最大格差が2倍台となった93年の選挙以降、参院選も5倍前後で推移した95年の選挙以降、「合憲」の判断が続いた。 

 しかし、最高裁は民主党へ政権交代した2009年の衆院選に対する11年3月の大法廷判決以降、2・5倍を下回っている衆院選で3回連続、参院選も5倍前後の2回続けて「違憲状態」の判断を下す。その上で国会に対し、格差が縮小しないのは、小選挙区制の衆院選では、各都道府県にあらかじめ定数1を配分する「1人別枠方式」がネックであり、参院選は人口差が大きい都道府県を選挙区の単位としていることが原因だとして、それぞれの抜本的な見直しを求めた。

最大2・30倍となった2009年衆院選「1票の格差」訴訟で、「違憲状態」の判決を出した最高裁大法廷。これ以降、衆院選で3回連続、参院選は2回続けて「違憲状態」の判断を続けた=2011年3月23日

 激変緩和の「1人別枠方式」、合理性失う 

 転機となった11年3月の最高裁判決を詳述すると、1994年に小選挙区比例代表並立制を衆院選に導入した際、小選挙区の人口格差は2倍未満を基本とすると、衆院議員選挙区画定審議会設置法(区画審設置法)に定める一方、人口の少ない県で定数が急激、大幅に削減されないよう、区画審設置法には、1人別枠方式も盛り込まれた。ただこれは激変緩和の措置であり、時間的な限界がある。最初の選挙が96年に実施され、10年を経過していない2000年と05年の選挙では、1人別枠方式で格差2倍未満が実現しなかったとしても、合理性があったということができる。だが10年を経た09年の選挙では、1人別枠方式の合理性は失われ、違憲状態に至っていたと考えられる。 

 最高裁では、既に05年の衆院選に対する07年6月の大法廷判決で、泉徳治裁判官(09年1月退官)が反対意見の中で、1人別枠方式について「居住する都道府県によって国民の投票の価値にことさらに格差を設けるのは許されない」と廃止を求めていた。

都道府県単位で参院選、憲法上の要請ない 

共同通信のインタビューに答える元最高裁判事の泉徳治さん=2010年5月8日

 最高裁は参院選についても、12年10月の大法廷判決で、①人口格差2倍未満が基本の衆院と同質的な選挙制度となってきた、②参院選だから投票価値の平等が後退してよいという理由はない、③都道府県単位の選挙区にしなければならない憲法上の要請もない、④都道府県単位の選挙区だから、5倍前後の大きな不平等が長期にわたり継続してきた―と指摘し、抜本的な見直しを求めた。泉裁判官は01年参院選に対する04年1月判決の反対意見で、既に「都道府県を選挙区とすべき憲法上の要請はない」と述べていた。 

 最高裁が衆院選、参院選双方で厳しい姿勢に転じたことについて、14年衆院選に対する15年11月の大法廷判決で、千葉勝美裁判官(16年8月退官)は、投票価値の平等が憲法上重要という認識が格段に広まってきたとして「憲法的状況の変化、特に政治の正統性への要求が高まってきたことを踏まえての判断と考える」「多数決原理により制定される各種政策の正統性に疑義を生じさせる余地は速やかに排除していくべきであろう」と補足意見で解説している。 

最高裁判事に就任し、記者会見する千葉勝美さん=2009年12月28日、最高裁

 千葉裁判官の言う、投票価値の平等とそれに伴う政治の正統性への要求は09年の政権交代で意識されたのではないか。その要求の高まりを示すものとして、1票の格差訴訟を始めた越山康さんと遺志を継いだ山口邦明さんたちの弁護士グループに加え、09年衆院選から、升永英俊さんたちの弁護士グループも提訴を始めたことが挙げられるだろう。 

全高裁提訴、「1人1票」運動も影響大

 10年の参院選以降、升永さんのグループは国政選挙のたびに、全国14高裁(本庁8、支部6)全てに提訴し、最高裁が「違憲状態」とした衆院選3回の高裁判決計43件は「違憲」18件、「違憲状態」17件に上り、「選挙無効」も2件あった。「合憲」は6件だけ。2回続けて「違憲状態」とした参院選も、高裁判決計32件のうち「違憲状態」が22件と70%近くを占め、「違憲」5件、「選挙無効」1件、「合憲」は4件にとどまった。高裁判決のこうした傾向が最高裁の判断に大きく影響したとみられる。 

 さらに升永さんのグループは、NPO法人「1人1票実現国民会議」を立ち上げ、格差〇・〇〇倍ではなく、例えば衆院鳥取2区が1人1票だとすると、有権者が2倍の東京6区の1票は0・5票の価値しかないと訴えてきた。国民会議には著名人も多く、次第に広がる運動は1人1票への関心を高めたといえよう。

 国会は11年の最高裁判決を受け、区画審設置法から1人別枠方式を削除し、定数を「0増5減」する法改正を成立させたものの、衆院が解散となり、12年の衆院選は09年と同じ区割りとなった。最大格差は2・43に拡大したが、最高裁は13年11月の大法廷判決で違憲状態と認定しつつ、合理的期間内の是正について、単に期間の長短のみならず、諸事情を総合考慮し、国会の是正に向けた取り組みが「立法裁量権の行使として相当か否かという観点から評価すべきだ」という判断基準を示し、制度改革に時間がかかることへ配慮をにじませた。 

違憲状態「解消された」、一転消極姿勢へ 

 その後、国会は衆院選に関し、16年に▽20年以降、10年ごとの国勢調査に基づき、都道府県の人口比を反映しやすい「アダムズ方式」で定数配分する、▽10年ごとの国勢調査の5年後に行う簡易国勢調査で、格差2倍以上の選挙区がある場合、2倍未満となるよう都道府県内の区割りを変更する、▽15年の国勢調査に基づき、6県の選挙区を一つずつ減らす「0増6減」の定数是正を行う―との改正法を成立させた。さらに17年の法改正では、19都道府県計97選挙区の区割りを変更し、17年10月の衆院選は最大格差が1・98だった。 

衆院小選挙区の「0増6減」、アダムズ方式導入のなどを盛り込んだ改正法が可決、成立した参院本会議=2016年5月20日

 これに対し、二つの弁護士グループが起こした14高裁計16訴訟の判決は、2倍未満となったことを評価し「合憲」が15件にも上った。名古屋高裁だけは「(1人別枠方式を)完全に廃止し、構造上の問題点を解消する措置が取られていない」などとして「違憲状態」と判断した。 

 18年12月の大法廷判決で、最高裁は12年の「0増5減」と16年の「0増6減」で計11県の定数が1減されたことや、区割りが順次改定されたことにより、最大格差が区画審設置法に定められた2倍未満になったと評価。1人別枠方式による定数配分がまだ多く残り、格差も前回より0・15しか縮小していないのに、違憲状態は「解消された」として合憲の判断を示した。抜本的な見直しも求めず、格差訴訟に向き合う姿勢が消極方向へ変化したことをうかがわせた。 

参院選、格差3倍でも初の合区評価

  参院選は最大格差5・00倍とその後の「4増4減」の定数是正による同4・77倍が「違憲状態」とされ、国会は15年、徳島県選挙区と高知県選挙区、鳥取県選挙区と島根県選挙区の合区を含む「10増10減」の改正法を成立させ、16年の参院選は最大格差3・08倍に縮小した。二つの弁護士グループの提訴に対する、14高裁計16訴訟の判決は「都道府県を選挙区の単位とする仕組みを極力維持し、最小限の合区で是正を図ったものだ」(広島高裁岡山支部)などとして10件が「違憲状態」と宣言し、「合憲」は6件と少数派だった。

  最高裁大法廷判決は17年9月。単に一部の選挙区の定数を増減するだけでなく、初めて合区を行い、最大格差が大きく縮小したことは「12年と14年の大法廷判決の趣旨に沿って是正を図ったものとみることができる」と評価した。さらに15年改正法の付則で、次回の選挙に向けて制度の抜本的な見直しを検討し、結論を得ると定めていることも踏まえ、合憲と判断した。 

 そればかりか、12年と14年の大法廷判決で、都道府県単位の選挙区は憲法上の要請ではなく、かえってそれによって5倍前後という投票価値の大きな不平等状態が長期にわたって継続してきたと指摘したのは「選挙区の区域を定めるに当たり、都道府県という単位を用いること自体を不合理なものとして許されないとしたものではない」と釈明したのは、実質的に大きな後退だった。

2016年参院選「1票の格差」訴訟の上告審弁論のため、最高裁に入る山口邦明弁護士(前列中央)らのグループ=2017年7月19日

  この大法廷判決では、抜本的な見直しが定められた15年改正法の付則を評価したが、その後の18年改正法は、選挙区では2議席を増やしただけだった。最大格差3・00倍となった7月の参院選を巡る訴訟の高松高裁判決(10月16日)では、18年改正法は「とりあえずの弥縫策」であり、抜本的な見直しには程遠い内容と批判。3・00倍は「常識的に考えても許容しがたい」などとして「違憲状態」と判断したが、こうした判決は少数にとどまっている。 

反対意見を書いてきた裁判官、全員退官 

 国会が「違憲状態」の最高裁判決を受け、衆院選でアダムズ方式導入を決め、参院選では合区に踏み切ったことは、確かに(中)で引用した「(国会と最高裁との)実効性のあるキャッチボール」(千葉裁判官の補足意見)といえる。とはいえ、なお衆院選でほぼ2倍、参院選では3倍の格差があるのに、最高裁は衆院選、参院選ともキャッチボールをやめてしまった感がある。最高裁が消極姿勢に転じた背景には、どんな事情があるのだろうか。 

 最高裁の裁判官15人(長官と判事14人)は慣例により、前職・出身がキャリア裁判官6、弁護士4、検察官2、行政官2、学者1といった構成で、1票の格差訴訟は多くが15人全員による大法廷で審理されてきた。各裁判官の意見が異なり、例えば、01年参院選に対する04年1月の判決では、9人が多数意見の「合憲」だったが、その理由は5人の意見と4人の意見に分かれた上、3人がそれぞれ追加補足意見を付け、残る6人はそれぞれ「違憲」「違憲状態」などの反対意見を書いた。05年衆院選に対する07年6月の判決のように、10人の個別意見(補足意見4、意見、反対意見各3)が付いたこともある。 

歴代5人目の女性で、弁護士出身では初めて最高裁判事となり、会見に臨む鬼丸かおるさん=2013年2月6日

 衆院選が05年の選挙以降、参院選は01年の選挙以降、毎回提訴されているので、それに対応する04年1月以降の判決を見ると、キャリア裁判官出身では、最高裁調査官(最高裁の審理を補佐する経験10年以上の裁判官)時代から格差訴訟に関わってきた泉、千葉両裁判官はその個別意見がやがて多数意見になるなど、存在感が大きかった。

 また「合憲」「違憲状態」の多数意見に対し、「違憲「違法」などの反対意見を書いたのは、キャリア裁判官出身では泉裁判官ら3人、弁護士出身は田原睦夫、大橋正春、鬼丸かおる各裁判官ら13人。投票価値に不合理な格差がる状態で実施された選挙の結果は「選挙人(有権者)の意見を適正に反映したものとはいい難(い)」鬼丸裁判官は指摘した。行政官出身は3人で、うち元外交官の福田博裁判官は、米下院では1・04倍の格差が生じれば是正されると紹介した。憲法解釈による集団的自衛権の行使容認に反対し、安倍政権の内閣法制局長官を退任した山本庸幸裁判官は「1~2割程度の1票の価値の格差が生じるのはやむを得ないと考えるが(中略)これ以上の1票の価値の格差が生ずるような選挙制度は法の下の平等の規定に反し、違憲かつ無効である」と直言している。

最高裁判事に就任し、記者会見する山本庸幸さん=2013年8月20日

 こうした反対意見を書いてきた計19人の裁判官は今年9月までに、全員定年退官してしまった。安倍政権下で任命された現在の15人のうち、一連の格差訴訟にまだ関与していない4人を除く、11人で反対意見を書いたことがある裁判官は1人もいない。 

 さらに関係者によると、弁護士出身の裁判官は慣例として、日弁連が推薦する人の名簿を最高裁に提出し、最高裁が政府と調整の上、推薦簿の中から任命されてきた。このため、所属が東京、第一東京、第二東京3弁護士会から各1人、大阪または神戸弁護士会1人といったバランスも取れていた。しかし、安倍政権下で推薦名簿に基づかない任命もあり、現在は保守的と言われる第一東京弁護士会(一弁)から3人、東京弁護士会(東弁)から1人という構成だ。一弁3人のうち山口厚裁判官は刑法学者として東大や早稲田大の教授を務め、弁護士として法律事務所に所属していたのは数カ月だけ。東弁の木沢克之裁判官は学校法人加計学園の監事だった。 

 最高裁の多数意見は17年と18年の大法廷判決で、合憲ラインを衆院選が2倍未満、参院選は3倍程度に引いたとみられ、それに反対する裁判官が1人もいない可能性もある。7月の参院選を巡る訴訟も結局合憲で終わるとみて、高裁も「合憲」判決を続けているのかもしれない。 11月6日、広島高裁松江支部で敗訴した升永さんたちは、天動説の時代に地動説を唱えたガリレオ・ガリレイが受けた有罪判決と同様に不当だとして「ガリレオ判決」と書いた紙を掲げた。

2019年参院選「1票の格差」訴訟で敗訴し、「ガリレオ判決」と書かれた紙を掲げる升永英俊弁護士(中央)たちのグループ=11月6日、広島高裁松江支部前

 半世紀以上前、越山さんが始めた1票の格差訴訟は、投票する権利や参政権、ひいては国民主権を深く考えさせてくれた。やはり半世紀以上前、米連邦最高裁のアール・ウォーレン長官が1964年、1票の格差を巡る訴訟の判決で述べた、次の言葉は日本にも当てはまるはずだ。 

 「市民の投票権の価値が下がれば、それに比例して、その市民としての価値も下がることになる。1人の市民の1票の重みは、住む場所によって左右されてはならない。(中略)合衆国憲法の平等保護条項が明確に、かつ強力に命じているところである。(中略)投票するのは市民であり、歴史でも経済的利害でもない。投票するのは人間であり、土地や、樹木や、牧場などではない」(レイノルズ対シムズ事件の判決理由、About THE USAの「権利章典-投票権」より) 

日本の最高裁大法廷で講演するアール・ウォーレン米連邦最高裁長官。右は横田正俊最高裁長官=1967年9月4日

 福田元裁判官によれば、米下院選の最大格差は1・04倍にすぎない。元駐英大使で現職の林景一裁判官が18年12月の大法廷判決に付けた意見によると、英国下院選は格差1・1倍に制限する制度を構築しようとしている。英国は日本より人口は少ないが、小選挙区の下院議員は衆院議員の倍を超える600人(改正後)もいるので、柔軟性はかなりあるという。 

 日本の国会議員には、米英の倍以上と言われる報酬(年間約2100万円)と文書通信交通滞在費(同1200万円)などが支払われている。これらを減額して、衆院選も参院選も1票の格差が1・1~1・2倍になるまで、議員を増やすことを考えてみたらどうだろうか。最高裁が本当にキャッチボールをやめてしまえば、衆院選は2倍弱(1人0・5~0・6票)、参院選は3倍前後(同0・3票前後)で格差が固定されそうだ。発想の転換が必要ではないか。(了)

過去の記事はこちら

「1票の格差」訴訟はどうして重要なのか(上) 3倍の7月参院選巡り14高裁が次々判決、最高裁へ

https://www.47news.jp/47reporters/4140611.html

国会と最高裁が「キャッチボール」 「1票の格差」訴訟はどうして重要なのか(中)

https://www.47news.jp/47reporters/4154655.html

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