「蟹工船弁当」がネットで話題!プロレタリアとブルジョアのハーモニー?誕生秘話を直撃

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千葉県内のデパートにて販売されていた「蟹工船弁当」(撮影は編集部)
千葉県内のデパートにて販売されていた「蟹工船弁当」(撮影は編集部)

 冬迫る10月末、Twitterに投稿された、ある画像が話題となった。

 その画像とは、デパートで開催されていた「北海道物産店」において売り場に陳列されていたと思しき豪華なお弁当を写したもの。ご飯の上にカニ肉が敷き詰められ、その上にタラバ蟹と思われる立派な脚の棒肉が5本ほど横たわっており、シンプルながらもなかなかに豪華絢爛なお弁当である。まあ、デパートで買えるちょっとお高いお弁当としては標準的なものといえるかもしれない。しかし、この弁当の名称がすごかった。その名も「蟹工船弁当」。お値段は1890円なり。

 投稿主は、この画像に「つらい…」「ブルジョワジー大勝利の味がしました」とのコメントを付して投稿。すると、「矛盾に満ちた存在」「プロレタリアートが手を出せる価格でない」などの返信が次々とつき、その“複雑”な存在感にネットがほんのりザワついたのだ。

「蟹工船弁当」の外観(撮影は編集部)

「おい、地獄さ行ぐんだで!」

 教養ある読者諸氏であれば、「蟹工船」と聞いて真っ先に想起するのは、やはり小林多喜二によるあの小説だろう。

 日本におけるプロレタリア文学の代表作ともされる『蟹工船』は、1929(昭和4)年に文芸誌「戦旗」に発表された中編小説。当時オホーツク海沖で行われていた北洋漁業において、蟹の加工船で働いていた労働者たちの劣悪かつ過酷な労働実態と蜂起とを描いたもので、その迫真の描写と問題提起力はいまだに色あせていない。著者の小林多喜二がその後、当時の治安維持法下にあって特高警察に捕縛され拷問死したこともあり、有名な冒頭の文句「おい、地獄さ行ぐんだで!」のセリフと共に、読者の心に深く刻まれている。

 そんな「蟹工船」が、約90年の時を経て、豪華な弁当に変身。しかし、格差社会化も叫ばれる令和ニッポンにあって心ある読者が「蟹工船」と聞けばどうしても、うまみタップリの蟹肉の奥に労働者の血と汗と涙が盛り込まれているように感じてしまうのではなかろうか……。

岩波文庫版『蟹工船/一九二八・三・一五』と蟹工船弁当(撮影は編集部)

「新鮮なかに達が皆様をお出迎え。」

 しかし「蟹工船弁当」は「札幌蟹販株式会社」という会社が製造しているもので、地元の札幌だけでなく、日本各地で開催される北海道フェアなどでこれまでも広く販売されてきたものなのだという。「蟹工船」は札幌蟹販のブランドで、実は上記の弁当だけでなく、札幌市内では「蟹喰い処 蟹工船」という衝撃的なネーミングのレストランも運営されているのだ。

 この「蟹喰い処 蟹工船」の店内は、活がにが泳ぐ舟型の水槽がある豪華な造り。「新鮮なかに達が皆様をお出迎え。」(店舗ホームページより)と、プロレタリアート精神とは真逆のブルジョア気分で蟹を喰らい尽くすことができる模様だ。

 そもそも「蟹工船」とは洋上で蟹を加工するための船舶のことを指すため、蟹販売のブランドとしてもなんら問題はない。しかし上述の通り、「蟹工船」といえばやはり小林多喜二のイメージが強烈だ。心ある日本の教養人にとって、「蟹工船」が過酷な労働と搾取のシンボルにもなっていることは否めないだろう。

 では、そんなイメージもある「蟹工船」の名を、なぜブランド名にしたのか。札幌蟹販に直接お聞きしてみた。

千葉県内のデパートの「北海道フェア」に出店していた「「蟹喰い処 蟹工船」さんの店舗(撮影は編集部)

なんで「蟹工船」かわからない

「なんで『蟹工船』かって……? いやぁ、わからないですね。たぶん創業者がつけたんだとは思うけど、改めて気にしたことはなかったですね」

 札幌蟹販さんは、「蟹工船」の響きに悪いイメージは持っていないようだ。

「ずっと『蟹工船』でやってますけど、ネーミングについて何か言われたり、突っ込まれたことはないですね。社員でも気にしている人はいないんじゃないかな? 若い人は小説の『蟹工船』も知らないでしょうし……」

 札幌蟹販は、もともとは蟹の卸をやっていたそうだが、30年くらい前に「これからは小売だ!」と思い立ち、そのブランド名として「蟹工船」を使い始めたということらしい。

「Twitterとかはよくわからないけど、そんなに話題になってるんですかね? ほかからはなんの問い合わせもなかったですし、注文が増えたということもないです。……でも確かに名前の由来を知りたくなりますね。社長ならわかると思うけど、いま出張中なので、あとで聞いておきます」

 小説『蟹工船」は、ブラック企業の存在などが問題となり始めた10年ほど前に再び脚光を浴びたことがある。小説の文庫本が増刷され、イースト・プレス社からマンガ版が刊行、2009年には主演・松田龍平、監督・SABUで映画化もされ話題を呼んだことは記憶に新しい。若い世代にもそれなりの知名度がある気もするのだが……。

イースト・プレス刊『まんがで読破 蟹工船』と蟹工船弁当(撮影は編集部)

「蟹工船弁当」は美味!

 数時間後、札幌蟹販さんと連絡が取れた。

「社長に聞いたけど、名前の由来はわからないって。あとは創業者に当たるしかないんだけど、もう引退してますし、かなりの高齢なので聞くのは難しいですね……」

「蟹工船」の謎は解けなかったが、札幌蟹販さんの「蟹工船弁当」は、そんな我々のモヤモヤした思いを吹き飛ばすほどの美味。見かけたらぜひ購入し、90年前の労働者と小林多喜二にも思いを馳せながら、その味を噛み締めてほしい。

(文=清談社)

岩波文庫版『蟹工船/一九二八・三・一五』、角川文庫版『蟹工船・党生活者 』、新潮文庫版『蟹工船・党生活者』、イースト・プレス刊『まんがで読破 蟹工船』の4冊と蟹工船弁当との夢の共演。万国の労働者よ、団結せよ!(撮影は編集部)