石川直宏、引退してなお深まるFC東京への愛情「必ずその先にクラブを強くしたい想いがある」

FC東京を象徴する選手として長く活躍し、ファンから愛され、選手たちからも多くの信頼を集めるレジェンド、石川直宏。現在は、2017年シーズンまで現役プレーヤーとして活躍していたFC東京の「クラブコミュニケーター(CC)」という立場で活動しているが、“選手”の時も、“クラブスタッフ”となった今も、彼の根っことなっている想いは変わらないという――。

(インタビュー=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、撮影=浦正弘)

空っぽになって湧き上がってきた、FC東京への想い

現在、FC東京の「クラブコミュニケーター」として活動されていますが、具体的な役割について教えてください。

石川:クラブの普及活動が中心です。クラブや外部から声がかかることもあれば、自分から動くこともあります。最近だと、「東京ガスカップ ジュニアサッカーフェスティバル」(編集部注:FC東京が主催する、ジュニアを対象としたサッカー大会)というイベントを御殿場で開催しました。会場の設営をしたり、どのような人が来てどのようなことを行っているのかを知ったり、どういったところに価値があって、それを次へどうつなげていくか。その先々のイメージを持つための機会として、現場で活動しています。

これまでにない特殊なポジションですよね。クラブコミュニケーターとして活動するまで、クラブとはいろいろ話し合いもされたのですか?

石川:現役時代は、引退して自分が何をするのか正直考えていませんでした。ケガが長引いて復帰まで2年半くらい時間がかかって、当時はとにかくピッチに立つこと以外はないと思っていたので。そうやってずっとプレーし続けるためにやってきましたけど、全部出し切ったので、空っぽになったんです。そこで初めて「次、どうしようかな」と考えるようになりました。空っぽになったら、こういうことをやりたいなとか、こういうことしたらもっとクラブが強くなるんじゃないかとか、自分がこのクラブでもっと自分らしさを発揮できることはあるんじゃないかなっていうのがばーっと出てきて。それを社長(大金直樹代表取締役社長)にすべて伝えました。
もちろんFC東京から離れて仕事することも考えましたけど、自分の中では、このクラブで長くやってきたから貢献したいという気持ちが強かったですし、何よりもこのクラブをもっと強くしたい、強くできるという想いが湧いてきて。それを聞いて社長がいろいろ考えてくれて、“クラブコミュニケーター”という肩書き名が挙がりました。

クラブ側も、石川さんの想いを受けて、これまでになかった役割を作ってくれたんですね。

石川:はい。ただ自分の中ではプレーと同様で、ピッチの中でも外でも、自分をどうやって表現して、貢献するかということを常に考えながらやってきたので、フィールドが変わるだけであって(現役時代と)違いはないかなと。まずは自分がプレーをするための状況や、仲間を知るということを、立場が変わっても同じようにやっています。行き着く先は「クラブの価値をどのように高めて強くしていくのか」ということなので。

「数値化できないことにこそ、価値がある」

今のポジションでの活動を選んだ大きな理由は何だったのですか?

石川:もちろん指導者として(チームの)結果につなげていくという道もありますが、現役中にFC東京について思っていたのは、クラブが一つにならないと結果を残していけないし、もっともっと生み出せるものがあるはずだと。立場や年齢関係なく、このクラブを強くしたいという想いを共有していれば、互いに要求し合える関係性が重要だと思ったので。それなら、いち個人で活動していくより、クラブの組織の中でその関係性を築く立場のほうが、自分にしかできない価値という点では、オンリーワンの存在を出せるのかなと。

すごく明確ですね。最初は手探りの部分もあったかと思いますが、今改めてこのポジションについて感じていることは?

石川:好き勝手やらせてもらっているようでいて、必ずその先に「クラブを強くしたい」という想いがあり、自分にしかできないことをしたいと考えて活動しています。
上を目指そうとした時、例えばピッチ上ではゴール数や試合数、出場時間などの数値的な部分の中でどのように活躍したかが大事になりますが、どのような取り組みをして、どれだけの集客数、収入を伸ばせるかという部分ではビジネスサイドでも同じですよね。現役時代に考えていたのは、プレーでの数値の先には数値化できない部分の価値もあって、そこで自分は数値以上の価値を見出せたと思っていて。「それは何か?」と考えたら、自分の素をさらけ出した上で、取り組む姿勢を見てくれるファン・サポーターと密な関係を築けたこと。その人たちは選手が活躍している姿はもちろんですけど、そういうふうに戦う姿を見にスタジアムや練習場に足を運んでくれました。その価値を今の状況でも変わらずに大事にしていけば、必ず最終的には数値や成果としても表れるはず。その数値化が得意なビジネススタッフたちと一緒に取り組むことで、さらに価値も高まると思っています。

そこを意識しながら活動しているのは素晴らしいですね。石川さんは、現役の時からそのような部分を大事にしていると感じていましたが、ご自身からしたら、立場は違ってもやらなきゃいけないことは一緒なんですね?

石川:一緒ですし、自分はそれしかできないと思っていて。講演をさせていただく時にも、うまくいった時の話より、うまくいかなかった時の話のほうが耳を傾けていただけますね。苦難をどうやって乗り越えてきたのかというリバウンドメンタリティや、取り組み方であったり。その時々で自分自身に正直に問いかけて乗り越えようとする姿に多くの人が共感してくれるんです。だから、うまく話して伝えようとするより、湧き上がる想いを持って接して、伝えています。そういったことを続けていく中で人とのつながりや関係が密になって、そこから試合を見に行ってみようかなと思ってくれる人が出てくるかもしれないですし。目の前のことをその先につなげていくようなイメージを常に持っています。

「今思えばケガをしないほうが逆に怖かった」

石川さんのサッカー選手キャリアにおいて、ケガによる苦難は切り離せないものだと思いますが、今の人生にとっては財産となっていますか?

石川:いやもう、財産にしていかないと。自分に言い聞かせるというより、他のケガで悩んだ経験のある人に伝えたいんです。あれだけ痛くて辛い思いをして、それが報われないのってどうなの、と。この経験をしたからこそ見える景色が、必ずそれぞれにあるので。しかもその景色は、ケガをしている最中と、乗り越えようとしている過程、乗り越えた時で毎回違う。だからこそ、それをモチベーションに乗り越えてきたし、今思えばケガをしないほうが逆に怖かったですね。乗り越えた時のパワーや、得るものが非常に多かったので。

ケガは選手としてショックなことではあるものの、それを乗り越える姿にファンは心を動かされます。

石川:そうですね。最初は自分一人で乗り越えなければなりませんでしたが、自分だけにずっと向いていた矢印が、乗り越えた瞬間に周りへ向いて。そこで初めて、自分と応援してくれている人たちとの関係性が相互にいくようになるというか、想いがつながると、またグッと距離が縮まるし、この人たちのためにピッチへ立とうというモチベーションになりました。そういうやりがいを、ケガをするたびに感じていましたね。

そういった経験は、今のフロントスタッフという立場でも生きているんでしょうね。

石川:そうですね。これまでの自分の姿を、FC東京の選手たちは近くで見てきているので。僕は試合や練習後に、食事をしながら選手たちと話したりしますが、何かを指示することはしません。姿勢からそれぞれ何かを感じて先につなげてほしいと思っているし、そういう集団でいてほしいと思うんです。FC東京はもちろんですが、サッカー界全体が価値あるもの、魅力あるものになるためには、他のクラブの選手においても同じです。僕はFC東京のスタッフの立場でありながら、日本プロサッカー選手会(以下、選手会)のOBでもあるので。先日は、OBの講演会でファジアーノ岡山に行ってきました。

選手会の副会長として長い間(2004年度から2015年度まで)活動されていましたね。

石川:はい。だから選手の気持ちはすごく理解できます。J1、J2、J3の試合も経験しましたけど、J2ではJ2の選手なりの想いがあって、J3の選手たちはもっと苦しい中で戦っていて、それは実際に行ってみないとわからない。そこで何をやりがいにしていて、何を求めているのか、自分がさまざまな現場に行くことによって感じることができるので、その想いを自分が得て、次へつなげていくチャンスにしたいと思っています。
5年くらい前に同じく(選手会の)副会長だった播さん(播戸竜二)が言い始めたのですが、もっともっと選手が外のいろんな人と出会って、さまざまな価値観を持たなきゃいけないけれど、なかなかその一歩が踏み出せない。それならば選手会で企画して、OBやビジネス界で活躍している人を呼んで選手向けに話をしてもらうような機会を年に一度設けようということで、そのような会を東京になかなか来られない選手向けに地方でも実施しています。それから、今の選手会会長は高橋秀人選手ですが、その前の会長だった佐藤寿人選手とやっていた時に、Jリーグ、日本サッカー協会、選手会それぞれのバランスがコミュニケーションを取ることで非常に良くなって、選手の引退後のサポートや、変種への評価がぐっと上がったと実感しています。

石川が目指す“一体感のあるクラブ”とは?

石川さんはクラブスタッフの中でも、あえて選手とも近い距離感にいるのが印象的です。試合や練習後に選手たちと話すだけでなくて、ロッカールームとか、コーチングスタッフ以外は入らないような場にも入っていきますよね?

石川:そうですね(笑)。現場で何が起きていて、選手たちがどういうふうに思っていて、監督がどのような発信をしているのか、自分自身が知りたいという意図があります。言葉だけではなく表情も見たいので。今自分はビジネススタッフ側の立場で会社にいるので、僕がコミュニケーションを取る中でもっと選手やスタッフにも意見を言ってきてほしいし、逆に僕を介さなくても、社長も現場に近いところにいるので直接言えるようになってほしいです。そうすることでより距離感が縮まるはず。そういうことを意識しながら、アクションしています。

クラブコミュニケーターという形でクラブに関わるようになって、実際クラブの一体感に変化はありましたか?

石川:数値化して変化を表せないので難しい部分ではあるんですけど、例えばハード面でいうと、これまでは小平と深川、味の素スタジアムに事務所が分かれてましたが、やっと9月から新しく調布事務所に統合されたんですよ。それってすごく大きな一歩で。

3カ所に分かれていたら、一体感はもちろん、意志の共有にもズレが生じてしまいますよね。

石川:そうですよね。(統合後の)全体会議の時に、今まで分かれていた事務所のスタッフ同士が、これまでは部署も違えば距離もあったのでなかなかコミュニケーションを取るのが難しい部分もあったのですが、オフィスで座ったまま顔を合わせて話しているのを見て、「あ、これだ、この距離感だな」と。そうやって間近でスタッフの努力を見ているので、それ自体すごく価値のあることだし、その経緯を選手側にも伝えることができます。

ビジネススタッフ側のことを選手にきちんと伝えられる存在って他になかなかないですよね。

石川:クラブには、理念や自分たちが目指す方向性、ビジョンがあります。選手は、プレーをしていてもずっと契約してもらえるわけではないので、一年一年が勝負です。その勝負の中で、クラブの想い、チームの想い、そして自分がやるべきことというのが同じ方向を向けられたら、より個人が組織の中で生きるし、組織もその個人の価値を高められると思っています。選手には移籍という選択肢もありますが、そのクラブにいるからには、やっぱりその一員として求められる価値と責任を果たすために、みんながコミュニケーションを取って一体感を持って動けることがベストだと思います。今一番それを感じるクラブは、鹿島アントラーズかなと。

選手、クラブスタッフ、サポーターの意識する方向性がはっきりしてきた

FC東京のクラブコミュニケーター就任の時に石川さんが、「クラブとファン・サポーターをつなぐ」という話をしていましたが、ファン・サポーターとはどのようなコミュニケーションを取っているのですか?

石川:選手とファン・サポーターというよりは、人と人という関係の中でこれまでずっとコミュニケーションを取ってきました。クラブコミュニケーターという立場になってからは、より(ファン・サポーターに)身近な存在と思っていただけていて、さらにその距離がグッと縮まりましたね。

現役時代から、個人でファンミーティングを開催する選手は異例でした。

石川:よくファン・サポーターの方が言ってくださるのが、自分が応援していて身近に感じていた選手が、引退してもクラブに残ってくれて、FC東京における想いを共有しているからこその期待と安心感を持っていただけていると。それが僕の価値かなと思っています。

選手の視点とビジネススタッフの視点、さまざまな視点があるということも、うまくいっている理由の一つのような気がします。

石川:はい。何か決断する上でも、広い視野で物事を見たいというのは、いち個人としてもクラブで働く人間としても思います。サッカーという枠だけでなくて、世の中にはもっとさまざまな面白い人がいて、いろいろな考えや想いがあります。視野を広く持つことで、さらに自分の世界が広がったと感じています。

今シーズンのFC東京は、今までで最もJ1リーグ優勝に近づいていると思っていますが、今の石川さんのポジションから見ていて、その一番の要因はどこにあると思いますか?

石川:プレースタイルもそうですが、自分たちが目指すものがはっきりしているとそこに向かいやすく突き詰めやすい。それはチームだけではなく、ビジネススタッフやファン・サポーターも一緒です。今まで何度も優勝したいと言ってきた中で、なぜそこに至らなかったのか?というと、優勝したことがないからその術がわからなかったんだと思います。そこに、優勝を経験している、長谷川健太監督が就任し、(高萩)洋次郎やオ・ジェソク、大森晃太郎、丹羽大輝がいるので、何をしたら試合に勝てて、優勝に近づくかということが、やっていく中で見えてきている気がします。もちろんまだ優勝を勝ち取っていませんが、みんなが意識するべき方向がはっきりしてきたと感じています。

目指すべき方向がクラブ全体で共有されているわけですね?

石川:J2に降格して、1年でJ1に上げることができた2011シーズンの時は、降格して何をやるかというビジョンも明確でしたし、お客さんが減ることで金銭的にも厳しくなるので、1年で昇格しないと選手も引き抜かれて、まったく別のチームになってしまうかもしれないという危機感がありました。それがJ2優勝、1年でのJ1復帰という結果につながりました。だからこそ、チームもビジネススタッフも同じ方向を見てやったら変わるということを、そのシーズンにすごく感じました。今は、それ以上の一体感があると思います。

<了>

PROFILE
石川直宏(いしかわ・なおひろ)
1981年生まれ、神奈川県出身の元プロサッカー選手。元日本代表。現役時代のポジションは主にミッドフィールダー。横須賀シーガルスでサッカーを始め、その後、横浜マリノスジュニアユース、横浜F・マリノスユースを経て2000年に横浜F・マリノスのトップチームでJリーグデビュー。2002年にFC東京へ移籍。度重なるケガの苦境を乗り越えながらファンを魅了し続け、2017年に引退。2018年1月、FC東京クラブコミュニケーターに就任。

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