凶器と凶事

 その漢字をじっと見れば、確かに物騒な物が潜んでいる。詩人、吉野弘さんの漢字を題材にした作品群に「同類」という短い一編がある。〈脳も胸も、その図(はか)らいも/凶器の隠し場所〉。「脳」や「胸」の中に「凶」がある▲香港の街の様子を知るにつけ、「凶」の文字が頭に浮かぶ。香港政府といい、警察といい、公権力の頭と胸の中は、力による抑圧という「計らい」に満ち、凶器までもが公然と繰り出される▲抗議行動をする若者に、警官が至近距離から発砲し、撃たれた21歳の男性が大けがをした。とっさの事とはいえ、衝撃的な映像に目を疑う。警察側は「警官が脅威を感じたため」と発砲を正当化している▲白バイに突っ込まれ、けがをしたデモ隊の市民もいる。歯向かう者に容赦はしない、と強硬姿勢の権力側に、一般市民の非難も声量を増す▲中国の習近平国家主席が香港政府に、活動を断固抑え込むよう指示したことが引き金になったらしい。市民の緩やかなデモで始まった行動は、物申す側も、抑え込む側も殺気立つ事態となり、収まる気配がない▲「どこが安全で、どこが危険か分からない」と丸腰の市民はおびえているという。物騒な物がいつ、どこで繰り出されるか分からない。公権力が市民から心の安らぎを奪う事態は凶事というほかない。(徹)

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